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谷口先生の感染症講座

シリーズ別記事一覧

「旅行者下痢症」って? 海外で気をつけたい感染症

海外の旅行先で体調を崩すと、せっかくの旅行も楽しめません。今回のコラムでは、よくある下痢症を防ぐために現地でできることや、日本ではめったにかからない感染症から身を守る方法をご紹介します。今回は日本からの渡航者が多い東南アジアの感染症について、国立病院機構・三重病院 臨床研究部長の谷口清州先生にお話を伺いました。感染症のプロでも完全に防ぐのは難しい「旅行者下痢症」━━ 谷口先生が診ることの多い渡航者の病気は何ですか?私がよく診るのは、やっぱり下痢症ですかね。一般的に、海外旅行でかかる下痢症を「旅行者下痢症」といいます。硬水(ミネラル分がたくさん含まれた水)が身体に合わないこともありますし、香辛料など食べ物によるものもありますが、病原体に汚染された水や食品の摂取によって起こる感染性の下痢には注意をしておくべきでしょう。これらの病原体は腸管病原性大腸菌・サルモネラ・ノロウイルス・赤痢・コレラなど多種にわたりますが、一番多いのは腸管病原性大腸菌によるものでしょうか。東南アジアなんかでは屋台で食事をとることもありますよね。私はベトナムで屋台のフォーを食べていて、上にのっけてもらった香草にイモムシがついていて、スープに沈めたらそれが浮いてきたことがあります。しっかり洗っていなかったということでしょうから、他の病原体が付いていても不思議はないですね。━━ 現地で食事をする場合には、どんなことに気をつけたらいいでしょうか?本気で下痢を防ぎたいなら、非加熱のものは一切口にしないほうがいいでしょうね。生水はもちろんダメですし、飲み物にいれる氷も避けた方がよいと思います。必ずミネラルウォーターなど、ボトルに入ったものを飲むようにしてください。ミネラルウォーターでも、ビールやジュースであっても、目の前で栓を抜いてもらうのがいいでしょう。あと、ベトナムの屋台でフォーを注文するとき、現地のことをよく分かっている人は「(トッピングの)香草も湯通しして」と言っていましたね。どこで何を食べるにしても、ちゃんと中まで火が通っているものを食べるようにしてください。━━ 非加熱のものを一切取らないようにすれば、下痢を完全に防げるのでしょうか?加熱したものであっても、加熱後や盛り付け後、あるいは徐々に冷めていく途中で、病原体が混入することもありますし、ミネラルウォーターを注いだグラス、お箸や自分の手など、非加熱のものを食べる以外にも病原体が体に入ってくるルートはありますから、下痢症を完全に防ぐのは難しいと思います。基本を守って、危ういものは避けておくことだろうと思います。それでも下痢をした場合、本当にたまたま当たったとしか言いようがありませんね。楽しいことにはある程度のリスクも伴うものでしょう。━━ 谷口先生も旅行者下痢症に悩まされた経験はありますか?もちろんありますよ。私は仕事上、ガーナに行くことが多いのですが、向こうで欧米人と同じように生野菜のサラダを食べたら、「これはどう考えてもコレラだな」という症状が出ましたね。いわゆる米のとぎ汁状の、大量の水溶性下痢症です。ミントと氷の入った「モヒート」というカクテルで、発熱と下痢に悩まされた後輩もいます。幸い周りはみんな感染症の医者だったので、「これはどう考えても感染性の下痢だから、抗菌薬で様子を見よう」と。それで無事に治って帰ってきました。あとで本人は、きっとミントの葉が汚染されていたのだろうと言っていました。━━ 下痢症になったとき、現地で病院に行ったほうがよいと判断する目安は?水溶性の下痢が続くときや脱水・嘔吐(おうと)が激しいとき、血の混じった下痢が出るときは、病院に行かれたほうがよいと思います。下痢は重症になると一日に何リットルも出ます。そういうときに水分が十分とれない、水分をとってもすべて出てしまうという場合、脱水によって命を落とすこともあります。また、下痢に血が混じっているような場合は抗菌薬が必要ですから、きちんと医療機関にかかって治療を受けてください。途上国からの帰国者に多い感染症は、マラリア・デング熱・腸チフス・A型肝炎━━ 東南アジアなどの途上国では、下痢症以外にどんな感染症が多いですか?やはり風邪、つまりウイルス性上気道炎(ウイルスせいじょうきどうえん)のような、一般的なものが最も多いです。ただ、風邪であれば数日で自然に治ってしまうので、病院にはあまり行きませんよね。病院に来るのは、一向に熱が下がらないとか、発疹が出てきたとか、「いかにも重症感のある場合」だと思います。一般的に、東南アジアやアフリカなどの途上国から帰ってきて熱が下がらないというときは、マラリア・デング熱・腸チフス。この3つは考えておくべきです。これらの病気の潜伏期間は数日のこともありますが、非常に長いときもあります。デング熱の潜伏期間は長いと約2週間、マラリアや腸チフスでは約4週間になることもあります。潜伏期間が長いといえば、A型肝炎も東南アジアの渡航者に多い病気です。こちらも症状が出るまでに約1カ月かかることがあります。帰国してしばらくたっていても、病院を受診した際には、いつごろ、どこへ渡航し、どのような行動をとったかをお伝え頂くことが重要です。━━ マラリア・デング熱・腸チフス・A型肝炎はどんな病気なのでしょうか?マラリアは蚊が媒介する感染症で、38~39度台、時には40度の高い熱が出て、不定期に上がったり下がったりします。かかった人はみな「これまで経験したことがないほど体がだるい」と言いますね。何度もかかれば次第に症状は軽くなっていくのですが、初めてかかったときは重症になりがちなので、とても苦しいようです。デング熱も蚊が媒介する感染症です。症状としてはまず発熱、そしてこの病気は別名「骨折熱」と言われるほど、手足の関節が痛みます。あとは頭痛、特に目の奥が痛くなります。しばらくすると発疹や、出血疹が出てくることもあります。腸チフスも同様に40度近い熱が続きます。チフス菌に汚染された食べ物や水から感染し、おなかが痛くなったり、食欲がなくなったりしますが、どちらかというと便秘気味になり、必ずしも下痢になるわけではありません。途中で「ばら疹」という発疹が出てくることもあります。A型肝炎は『まんがカルテ』の「海外旅行から1カ月後、発熱があり全身だるい(10歳男児)」でも取り上げましたが、症状としては全身のだるさ・発熱・食欲不振・嘔吐・黄疸(おうだん)などです。腸チフスもA型肝炎も、屋台や市場などで菌やウイルスに汚染された食べ物を口にして感染することが多いと思います。━━ どの病気も初期症状は風邪やインフルエンザに似ていますが、受診のタイミングは?そうですね、なかなか熱が下がらないと言って受診される方や、あるいはマラリアなどを心配して受診される方が多いです。海外に渡航された後に体調を崩し、3日以上発熱が続く場合や、体がとってもだるい、咳が激しい、呼吸が苦しい、眼が黄色いなど、いつもの風邪と違うなというときには早めに受診されるのがよいと思います。それから、意外に思われるかもしれませんが、夏の海外旅行でインフルエンザに感染することも結構あります。亜熱帯気候の地域では、雨季にインフルエンザが流行します。雨季は11~1月と6~8月の2回あるので、インフルエンザの流行も1年に2回。そのため、日本の真夏に東南アジアへ行った場合、帰ってきたらインフルエンザだった、ということがあるわけです。出発前にできる対策は? リスクに応じて必要な予防接種を━━ マラリア・デング熱・腸チフス・A型肝炎を予防する方法はありますか?マラリアとデング熱は蚊が媒介する感染症ですから、とにかく蚊に刺されないよう防御することが大切です。できることなら長袖や長ズボンを着用して、なるべく肌を露出しないようにしてください。虫よけスプレーも有効ですが、効果が持続する時間は商品によってまちまちなので、こまめに塗りなおす必要があります。また、マラリアには予防薬がありますので、マラリア流行地へ渡航する際は、医師の診察を受け、リスクを勘案して予防薬を処方してもらってください。腸チフスとA型肝炎に関しては、旅行者下痢症と同様に、汚染されている可能性がある水や食べ物を非加熱のまま口にすることは避けてください。A型肝炎にはワクチンがありますので、感染リスクの高い流行地域に行かれる場合は接種が勧められます、特に1カ月以上滞在される場合は接種された方がよいでしょう。腸チフスには国内で承認されたワクチンはありませんが、特に感染リスクの高い地域、滞在・生活形態の場合には、輸入ワクチン接種を検討することが可能です。━━ A型肝炎以外に、出発前に打って行ったほうがよいワクチンはありますか?今(2019年6月時点)だと、どこへ行くにしても麻疹(ましん/はしか)と風疹のワクチン(通常「麻しん・風しんワクチン」という一つのワクチンです)は、小学生未満では年齢に応じた回数、小学生以降であれば2回接種されていることを確認してください。麻しんになったことがない方、麻しんの予防接種を受けたことがない方、ワクチンを1回しか接種していない方、または予防接種を受けたかどうかが分からない方には、ワクチン接種をお勧めします。また、A型肝炎ワクチンは2~4週間隔で最低2回の接種が必要ですので、渡航前に余裕をもってワクチン接種ができるように計画してください。ワクチン接種後に発熱することもありますので、渡航直前にワクチンを接種することはお勧めできません。とはいえ、渡航先によって受けておいたほうがよい予防接種は異なりますから、『厚生労働省検疫所(FORTH)』などの情報を確認してください。まずは『国・地域別情報』で渡航先を選び、気をつけたい感染症や打っておきたいワクチンに関する情報を入手したら、『予防接種実施機関の探し方』から、お住まいの地域で予防接種が可能な医療機関を探すこともできます。これまでお話してきた感染症に対するリスクは個人個人で異なります。最近は渡航者外来や予防接種外来を設置している医療機関も多いので、そこで相談されることが一番です。ワクチンが必要な病気に感染するというのは、そんなに頻繁に起こることではありません。しかし、起こったときは長い治療が必要になり、命にかかわることもあります。リスクに応じて必要な対策を講じるには、まず「相手を知る」こと。行く先で、今まさにどんな病気が流行しているのかなど、最新情報をつかんでください。参考文献(*1)厚生労働省 検疫所 FORTH(*2)NIID 国立感染症研究所

谷口 清州

2019.7.18

手足口病が流行中。子どもの三大夏風邪を解説

「真夏であっても、ちょっと油断すると子どもが熱を出してしまう」と悩んでいる親御さんも多いのでは? お子さんの目が赤く充血していたり、 「喉(のど)が痛い」と食事を拒んだりする場合は、もしかしたら冬にかかった風邪とはちょっと違うウイルスに感染しているかもしれません。夏に流行する「子どもの三大夏風邪」について、感染症の専門家である国立病院機構・三重病院 臨床研究部長の谷口清州先生に伺いました。「夏の風邪」と「冬の風邪」の違い夏に流行する風邪と冬に流行する風邪には、どんな違いがあるのでしょうか?一般的に「風邪は冬にひくもの」というイメージが強いですからね。風邪を引き起こすウイルスと流行時期について大まかに説明すると、9月から増加し始めるライノウイルス、それに続いて冬はRSウイルス、インフルエンザウイルス、コロナウイルスなどが流行します。そして、春にかけてヒトメタニューモウイルスが地域的に流行します。アデノウイルスやエンテロウイルスは一年中みられますが、夏から秋にかけてしばしば流行します。このアデノとエンテロ、2つのウイルスによる感染症が、いわゆる「夏風邪」と呼ばれるものです。「子どもの三大夏風邪」の特徴と共通点「子どもの三大夏風邪」とはどんな病気を指すのでしょう?多くの親御さんが悩まれる夏風邪というと、大きく分けて「咽頭結膜熱(いんとうけつまくねつ)」「ヘルパンギーナ」「手足口病」の3つになるでしょう。咽頭結膜熱咽頭結膜熱は、アデノウイルスによる感染症です。年間を通して発症しますが、初夏に流行することが多い疾患です。主な症状は高熱と、のどの痛み(咽頭炎)と目の充血(結膜炎)で、数日間続くことが特徴ですが、目の充血がないこともあります。アデノウイルスには60種類以上の型があり、それぞれで症状が異なることが知られています。例えば8・ 19・ 37型は流行性角結膜炎を起こします。ヘルパンギーナヘルパンギーナの名前の由来は、口蓋垂(こうがいすい)、いわゆる「のどちんこ」の周囲の炎症を「アンギーナ」といい、そこにヘルペスのような水疱ができるので「ヘルパンギーナ」と呼ばれるようになりました。主にエンテロウイルス属の一種であるコクサッキーウイルスの感染により発症します。症状としては、突然の高い熱、次に喉の痛みがでます。水分も、ごはんも摂取しにくくなり、特に子どもの場合には痛みのため水分をとらなくなると、脱水症のリスクもあります。手足口病手足口病というのは、発熱とともに、口周囲や口の中の粘膜、手のひら、足の裏や足の甲などに2~3mmの水疱性発疹(水ぶくれ)が出現します。時に肘(ひじ)、膝(ひざ)、おしりなどにも出現することもあり、特に最近流行することの多い、コクサッキーウイルスA6に感染すると、手・足・口だけではなく、背中やお尻、大腿部(太もも)に水疱疹がでることもあります。発熱は約3分の1で見られますが軽度であり、38℃以下のことが多いとされています。三大夏風邪の共通点や、特徴について教えてください。共通点は、夏の流行が多いこと。それから、感染後に症状が消えてもウイルスを排出し続けること、つまり感染期間が長いということも共通点ですね。ウイルスは咽頭から3~4週、便中には5~6週以上にわたって検出されることが知られています。ウイルスが最も急速に増え、大量に排出されるのは急性期(病気になりはじめた時期)です。その後、回復期(症状がおさまり快方に向かう時期)になると排出されるウイルスの量は減ってきますが、便からはまだまだウイルスが排出されているため、一見治ったように見えても、便を介して感染が広がってしまうのです。例えばアデノウイルスに感染して治った人は、症状がなくなっても便中にまだたくさんウイルスがでています。かつてはこの疾患がプールでよく広がったので、プールに入る前に腰まで消毒液の入った洗体槽に浸かるという予防策が行われていました。一定以上の年齢層の方は経験したことがあるかもしれません。現在はウイルスが広がらないように、プールの水の塩素濃度は1ppm以上という基準ができています。便以外でも、これらのウイルスは、咳やくしゃみ、唾液や鼻水が付着した手指を介して広がります。症状がおさまってからもウイルスは出ますので、患者との接触後は手洗い・手指の消毒が大切になってきます。夏風邪で注意したい合併症「夏風邪は長引く」とも言われますが、本当ですか?特に冬に比べて長引くということはないと思いますが、合併症のために長引くということはあります。手足口病の原因となるウイルスのひとつにエンテロウイルス71型というのがあり、これは髄膜炎や脳炎などの合併症を起こすことがあります。今シーズンは、これまでのところ、このウイルスはあまりみられていません。(2019年7月時点)2016年にエンテロウイルスD68型が流行して、喘息発作や呼吸困難、さらに弛緩性麻痺(しかんせいまひ:筋肉を動かすことができず、麻痺している箇所がダランとしている状態)などを引き起こしたことは記憶に新しいと思います。エンテロウイルスのなかには中枢神経に感染するウイルスがおり、最初は夏風邪の症状だけであっても、場合によっては合併症を引き起こす可能性があります。ただ、これらのウイルスに感染した人の90%以上は、無症候性感染(病原体に感染しても症状が出ず、健康にみえる状態のこと)あるいは軽症の発熱性疾患に終わります。症状が出ない方も多数いらっしゃるんですね。そういう方から感染が拡がるのでしょうか?そうですね。多くは軽症例あるいは無症候例の便を介して感染が広がりますが、一般的に症状が出るのは5歳までの小児が多いですね。赤ちゃんがかかると重症になります。とくに新生児は抵抗力が弱いですから、注意が必要です。手足口病では髄膜炎や脳症になることもあると伺いましたが、ほかに注意が必要な合併症はありますか?手足口病の原因となるコクサッキーウイルスB群の場合は筋肉に炎症が起こることがあります。ときに、先にも述べた無菌性髄膜炎や脳炎・肝炎・心筋炎や心膜炎を引き起こすことがあります。心筋炎を起こして心臓のポンプ機能が悪くなると心不全の状態に陥ります。そうすると、心臓で十分な循環ができないために浮腫(むくみ)が出てきたり、おしっこの量が減ってきたりします。心筋の収縮力が落ちるために、心拍数が早くなることもあり、それに伴い息もはやくなります。場合によっては不整脈が出るときもあり、突然死の原因にもなり得ます。見た目では元気がなくなります。普段ならば熱があっても遊ぶのにぐったりしているとか、親の感覚で「おかしい、普段と違う」という気付きは大切です。赤ちゃんは熱があっても興味のあることには積極的ですから、いつものような動きがなければおかしいと考えて注意しなければなりません。特に夏は、暑くて汗をかきやすいですから、脱水状態になることがあります。自分の熱をコントロールする方法は汗をかくことです。しかし、体内の水分がもともと少ない状態で汗をかくことができないと熱がどんどん高くなるリスクもあります。夏は風邪をひいた子が熱中症になることもあるということですか?風邪による発熱は体が自ら「体温を上げろ」と命令した結果なのですが、熱中症というのは自分で体温が調節できなくなって体温が上がってしまう状態を指すので、異なる概念です。しかしながら、風邪による発熱も熱中症も「脱水が伴う」という状況は似ています。ただでさえ気温が高くて、脱水により熱があがりやすい環境ですから、十分な水分補給を心掛けたいところです。予防の基本は「手洗い」「接触を避ける」こと夏風邪はどう予防すればよいのでしょうか?基本的には患者と接触しないようにすることです。しかし、実際のところ家庭内で接触しないようにするというのは難しいでしょうから、家族内感染率は結構高いです。例えば上のお子さんが保育園でもらってきて、お母さんにうつして、さらに下の子にうつして……というケースはよくあります。多くは患者の糞便を介しての直接・間接接触による感染ですが、咳やくしゃみによってウイルスが飛んで感染することもあります。風邪予防に「うがい」は必要?日本では古来より「風邪の予防にはうがい」と言われてきましたが、実際の予防効果はほとんどないということが分かっています。うがいをしすぎることで、喉にある種々の感染を防御する物質が少なくなり、感染しやすくなるということも言われています。風邪の予防にうがいを推奨するのは世界中で日本だけなのですが、昔からの習慣なので、なかなか変えることは難しい面もあるのかもしれません。治療の基本は「よく休み」「よく食べる」こと夏風邪に対する治療薬はあるのでしょうか?夏かぜのウイルスに効果がある治療薬はありません。もちろん、「抗生物質」と呼ばれているような抗菌薬のたぐいも、ウイルスには効きません。ウイルスを自分で排除する、免疫力を高めるということ以外に有効な対応方法はないというのが現状です。感染症というのは、基本的に病原体(ウイルスや菌)とヒトとの戦いです。病原体が弱いものであっても、身体の免疫力が弱ければ病原体の方が勝ちます。治療には、「いかにして身体の状態をよくするか」ということも含まれるわけです。例えば相手が細菌であれば有効な抗菌薬で叩くこともできますが、アデノウイルスやエンテロウイルスなどのウイルスにはその方法がありません。市販の解熱薬、口内炎の薬、目薬などを使用される方も多いと思いますが、あくまでも症状を鎮める薬であって、ウイルスに直接作用するものではありません。よく睡眠をとって、身体を休めて、栄養のあるものを食べるという方法が一番なのです。休息や栄養をとることが大切ということですが、もしも自分の子どもが夏風邪にかかったら、何を食べさせればよいのでしょうか?まずは水分を十分に飲ませて、次にタンパク質をとらせてください。食べられるならば、バランスの取れた普通のごはんがよいのですが、ヘルパンギーナは喉が痛くて食べられないことも多いですから、水やジュース、あるいはヨーグルトやプリンなど、喉を通りやすいものになるでしょう。ただ、酸っぱいとしみますのでオレンジジュースなどは避け、冷たいスープなどを飲ませるのもよいと思います。基本的には3~4日で治ることが多いので、その間に体力を落とさないよう、しっかり休ませることも大切です。3日以上熱が続くときは、もう一度病院を受診したほうがよいのでしょうか?そうですね。そして、頭が痛いとか、嘔吐(おうと)する、水分がとれない、咳が強くなる、熱が一向に下がらずにむしろ高くなってしまうなど、新たな症状がでるような場合は病院へ行ったほうがよいでしょう。保育園や学校、解熱後48時間は連れて行かないでウイルスが長い間排出されるというお話がありましたが、保育園や学校へ行かせても大丈夫なのでしょうか?症状がなくなっても4~6週間程度は体からウイルスがでてきます。三大夏風邪のどれも同様です。症状があるときのウイルス量は多く、症状がなくなればだいぶ減ります。ですから熱が下がってから48時間は保育園などの施設には連れていかないよう、親御さんに伝えます。一般的に症状がおさまってから48時間経過するとウイルス量が少なくなることがわかっているからです。また、咽頭結膜熱は、主要な症状が消えたあと2日経過するまで出席停止、手足口病とヘルパンギーナに関しては、急性期は出席停止ですが、回復期は全身状態が改善すれば登校可となっています。(学校保健安全法による)もちろん仕事などの事情があることもわかりますが、お子さんの体力も十分回復していない状況で保育園などに連れて行くのは避けたほうがよいと思います。体力が落ちているので、別の感染症をもらってくることもありますし、オムツを取り替えるときに手などに付着して、それがきれいに洗い落とせていなかった場合、保育園などで集団発生するということもあります。繰り返しになりますが、特効薬がない現状では「手洗い」「接触をさける」という予防が大切で、かかってしまった場合はよく休み、睡眠をとり、栄養を十分にとるということが一番です。参考文献(*1)手足口病に関するQ&A – 厚生労働省(*2)ヘルパンギーナとは – 国立感染症研究所(*3)手足口病、ヘルパンギーナ、咽頭結膜熱が増加しています -【感染症エクスプレス@厚労省】Vol.303(2017年06月30日) - 国立保健医療科学院(*4)咽頭結膜熱とは – 国立感染症研究所(*5)学校保健安全法施行規則 - e-Gov [イーガブ](*6)エンテロウイルスD68型流行期における小児気管支喘息発作例の全国調査(IASR Vol. 37 p. 31-33: 2016年2月号) - 国立感染症研究所

谷口 清州

2019.7.9

「風邪という病気はない」って本当?

「実は風邪という疾患はない」今回のコラムは、そんな「!」から始まり、改めて「風邪」についてのウソ・ホントに迫る内容となっています。お話ししてくださるのは、感染症の専門家で、国立病院機構・三重病院 臨床研究部長の谷口清州先生です。「風邪は万病の元」と言われるわけ一般的に「風邪をひく」とは、どのような状態を指すのでしょうか?実は、「風邪」という疾患はありません。一般的に私たちが普段「風邪」と呼んでいる疾患は「風邪症候群」というもので、自然治癒傾向があるウイルス性の上気道(※1)炎をまとめてそのように呼んでいます。(※1)上気道:鼻から鼻腔(びくう)、鼻咽腔(びいんくう)・咽頭(いんとう)・喉頭(こうとう)までの呼吸器をいう。通常、医師は、鼻水や喉(のど)の痛み、咳(せき)、発熱といった上気道炎の症状がそろっているかどうか、それらの経過はどうなのかに加え、全身状態をみて風邪(症候群・以下風邪)と診断します。これは先ほど申し上げた通り、ウイルス性の上気道炎ですから、本来は抗菌薬などを使うことなく自然に治癒する疾患です。ですから、自然に治らない場合は風邪ではないということです。風邪と同じような上気道炎の症状をきたす疾患には、マイコプラズマ感染症、麻疹(はしか)などをはじめとして、川崎病や伝染性単核症など多くの疾患があります。初期症状は風邪と区別がつきませんが、徐々にそれぞれの疾患の特徴が出てきて、診断がつくようになります。昔は、これらの病気にかかっても原因が特定できず、風邪がひどくなったように見えたのでしょう。それで「風邪は万病の元」「風邪をこじらせる」などと言われるようになったのかもしれませんね。「風邪」が治らない場合に初めて、別の疾患を疑うわけですね。もちろん、最初が風邪症状であっても、ほかの症状や身体所見によって最初から別の疾患が疑われることもありますが、最初は風邪症状しかなく、全身状態が良好であれば、経過をみて考えていきます。「風邪であれば3日程度で熱は下がる」ということで、小児科には「風邪3日」ということばがあるんです。ですから、発熱が3日以上続く場合には、必ずほかの病気を考えてみます。それぞれの疾患によって経過が違いますから、それをみて診断するということですね。例えば、マイコプラズマ肺炎の場合は、最初は高熱が出て、ほとんど咳は出ません。しかし、2日目、3日目と時間が経過するとともに、だんだん咳が強くなるという特徴があります。マイコプラズマにはマクロライド系の抗菌剤が効果的ですが、自然治癒傾向もありますので、全身状態に応じてこの抗菌薬を使用します。また、患者さんの喉をのぞいてみたときに、扁桃(へんとう)が真っ赤に腫れて、膿(うみ)がつき、軟口蓋(なんこうがい)、いわゆる「のどちんこ」の上のあたりに赤い発疹がいっぱいあれば、溶連菌感染症と診断します。風邪であれば抗菌薬は処方しませんが、この疾患は溶連菌による感染症であり、きちんと治療しないと後遺症を残すことがありますので、必ず抗菌薬による治療を行います。風邪を治す薬はない?風邪のときは抗菌薬を処方しないのですか?ええ。大前提として、抗菌薬は細菌に効果があるのであって、ウイルスが原因の風邪には効きません。効果がない抗菌薬を飲み続けて、アレルギーや肝障害などの副反応が出たり、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう。いわゆる「腸内フローラ」)が乱れて下痢などが起こったりすれば、かえって免疫力が落ち、風邪も治りにくくなります。そのうえ、その人の体内にいる細菌が、投与された抗菌薬に対して耐性を持つようになってしまうリスクがあります。耐性菌が出現すれば、それが新たな感染症の原因になることもありますし、それが地域にまん延すれば、抗菌剤の効かない病原体が増加してしまって、将来「感染症の治療に使う抗菌剤がない」という状況になってしまうことが危惧されます。では「風邪に効く薬」とはどんなものなのでしょうか?世の中で「風邪に効く」と言われている薬の効果は、あくまでも症状の緩和にすぎません。例えば、チペピジンヒベンズ酸塩(商品名アスベリン)という成分の入った咳止め薬を飲めば咳を緩和することができますが、風邪が治ったわけではありませんから、薬の効果が切れればまた咳が出てきます。たとえ薬を飲まなくても、風邪であれば3日ほどでそういった症状は治まってくるでしょう。ただ、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)という観点から考えると、症状を抑えることで身体が楽になるのであれば、薬を使うという選択肢もあるかもしれません。重要な会議のときに咳をしていては、周りの人も嫌でしょうし、何より集中できませんからね。ドラッグストアなどで売られている「風邪薬」はどう活用すればよいのでしょうか。ドラッグストアなどで気軽に買える風邪薬は、基本的に症状を抑えるための薬です。ですから、市販薬で症状を抑えているあいだに十分な食事と睡眠をとって、自分の自然治癒力を高めるという考え方を持ちましょう。3日たっても症状が悪化傾向にあればすぐ病院へ風邪をひいたら、どのタイミングでお医者さんに行くのがいいでしょうか。風邪は自然治癒が前提ですから、そんなに心配して病院に駆け込む必要はありません。大切なのは、風邪なのか別の疾患なのかを見極めることです。お医者さんに行く判断の目安となるのは、3日以上高熱が持続するとか、他の症状も含めて悪化傾向にあるときです。5日以上発熱が続くようなら、絶対におかしいと思ってください。市販薬などの対症療法薬を使うかどうかに限らず、症状が悪化傾向にあったり、いつもの風邪と違う症状が出てきたりしたときは、必ず病院に行ってください。咳や鼻水がしばらく続くことはありますが、全身状態が悪くて、発熱が3日以上続くのは要注意です。病院に来てくれた患者さんにも「熱が続くようならほかの疾患や合併症も疑わなくてはなりませんから、そのときはもう一度来院してください」と伝えています。3日過ぎても症状が変わらない、逆にどんどん強くなっていくとなれば、風邪以外の病気を考えておかねばなりません。子どもで高熱が続けば川崎病や伝染性単核症、咳が2週間以上続けば、肺炎や百日咳、成人では肺結核の可能性も考えなければなりません。感染症専門医の風邪予防と対策感染症の専門医だからといって、私も特別なことをしているわけではありません。インフルエンザや風邪が流行する冬季に患者さんと接するときは、常にマスクをして、手洗いを徹底しています。でも一番大事なのは、日頃から、ビタミンを多く含む食品やヨーグルトなどの乳製品を取り入れつつバランスのよい食事を心掛けたり、適度な運動、睡眠をとったりして、規則正しい日常生活を送ることですね。風邪をひいてしまったら、本来ならゆっくり寝て身体を休めたいところなのですが、そうはいかないこともありますよね。私の場合には、自分の体力で治せるように漢方系の栄養ドリンクを飲んだり、身体を温める作用のある葛根湯(かっこんとう)や麻黄湯(まおうとう)などを使ったりすることもあります。それでも症状が強くてつらいときは、解熱鎮痛剤や咳止めなどの対症薬を飲みつつ、ほかの疾患の可能性を考慮するようにしています。このとき、最も気をつけているのは、もちろん「ほかの人にうつさない」ということです。

谷口 清州

2019.2.18

インフルエンザ(後編)抗ウイルス薬・解熱剤は使うべき?

感染症の専門家である谷口清州先生に、身近な感染症についてやさしく解説していただくこのコーナー。前編「【谷口先生の感染症講座】インフルエンザ(前編)A型とB型、何が違う?」では、インフルエンザウイルスの型の違いについてご紹介しました。後編はワクチンや治療薬についてのお話です。インフルエンザにかかる人、かからない人世の中には「ワクチンを打っていないけれど、インフルエンザには全くかからない」という人が確かに存在します。一方、「毎年必ずかかって5日間寝込む」という人もいます。この違いは、それぞれがこれまでに獲得した免疫の内容によるものです。インフルエンザウイルスに対する免疫はピラミッドのように積み重なっていきますから、かかればかかるほど、いろいろなウイルスに対する抗体ができて、かかりにくくなります。となると、毎年インフルエンザにかかる人のほうが、より強固な免疫機構を持っているはずです。それなのに、なぜ毎年のようにインフルエンザに感染してしまうのでしょうか?もちろん、毎年流行するタイプが違うことに加え、ウイルスが少しずつ変異するために「完璧な免疫」を作れないから、ということもありますし、これまでに獲得した免疫が邪魔をして、流行中のウイルスに対して十分な免疫を作れないということもわかっています。また、人間はひとりひとりが違いますので、生まれ持った免疫の反応性、そのときの体調(栄養状態が偏っていたり、睡眠不足だったり)によって、免疫の働きが低下していることもあります。もちろん、流行中のウイルスに接触する機会の多さや、個人の手洗い・マスクなどの予防習慣も影響します。そのほか、「ワクチンを打っても抗体ができにくい人」というのも存在します。ヒトの免疫反応は受け継いだ遺伝子によって大きく異なり、例えば麻疹(ましん、はしか)ワクチンの場合、日本の人口の3%は抗体ができません。つまりこの人たちはワクチンを打っても、麻疹にかかってしまうことになります。インフルエンザウイルスに対しても、同じように個人の反応性の違いというものも想定されており、もともと抗体ができにくいという可能性もあります。インフルエンザワクチンは「ハズレ」でも意味がある?現行のインフルエンザワクチンには、A型とB型それぞれのウイルスで、その年に流行しそうな4種類が入っています。はずれることはもちろんありますが、もしはずれたとしても、その人が持っている抗体で対処できるようなウイルスが流行すれば防御が可能となり、軽症化が期待できます。最近のアメリカのデータによれば、多少流行とマッチしていなくても、ワクチンを打った人は、打たない人に比べて肺炎や心筋梗塞・脳梗塞など、重い合併症のリスクを軽減できるということが報告されています。つまり、「はずれたとしてもワクチンには意味がある」と言ってよいでしょう。抗インフルエンザウイルス薬との付き合い方「インフルエンザに感染したら、病院で抗ウイルス薬をもらって飲んだほうがいいか?」という話題は、感染症関連の学会でもよく議論されます。少なくとも欧米では、本来インフルエンザというのは、健康であれば自然に治る疾患と考えられています。そのため、やたらに薬を使わず、外出を控えて家で寝ていればよいと言われています。これまでのところ、抗ウイルス薬の効果というのは、「使わないときに比べて熱を1日早く下げること」とされています。薬を飲むことによって、3日間続くはずだった熱が、2日で下がるということです。つまり、「薬を飲んだほうがいいか」というのは、この「1日の発熱期間の短縮」をどう考えるかということになります。とはいえ、子どもや高齢者など一定数の人たちには重症化のリスクがあります。アメリカのデータによれば、基礎疾患がなくても、5歳以下の子どもであればインフルエンザ発症による死亡リスクがあると言われていますし、インフルエンザウイルスに対する免疫は、ある程度の年齢になると急激に衰えることも知られています。子どもや高齢者、基礎疾患がある方などに対しては、薬を使うメリットはあると言えるでしょう。一方、薬を使うことによるデメリットもあります。タミフルやリレンザなどを服用すれば熱は2日で下がりますから、お勤めされている人は仕事に出掛けたくなるでしょうし、子どもであれば外で遊びたいと言い出すかもしれません。しかし、熱が下がったからと言って人の多い場所へ出掛けると、ほかの人にうつしてしまう可能性があります。症状が治まってもウイルスはまだ体の中に存在しているからです。また、当然のことながら、抗ウイルス薬を使用することによって薬の効かない耐性ウイルスが出現するおそれがあるということも、頭に入れておくべきでしょう。熱が高いと脳炎・脳症になる? 解熱剤は飲むべきなのか特に子どもがインフルエンザウイルスに感染すると、「熱が高いと脳炎や脳症になるかもしれないから、解熱剤を飲ませたい」とおっしゃる親御さんが多くいらっしゃいます。しかし、「高熱が原因で脳炎や脳症になる」という認識は誤りで、「脳炎・脳症になったから高熱が続く」のです。脳炎というのは、ウイルスが脳細胞に侵入・増殖して、脳の中枢神経に障害が出て、けいれんや意識障害などの神経症状がでることを言います。例えば日本脳炎などのウイルスは脳で増え、脳の中枢をダメにしてしまいますから、体温の調節ができなくなり、42度を超える熱が出ることもあります。「熱が高いと脳炎になる」のではなく、「脳炎になったから熱が高くなる」のです。一方、脳症というのは、脳以外で起きている感染によって、炎症作用や生体機能の調節などに関わる伝達物質が過剰に分泌されることにより、間接的に脳に障害が起こることを指します。この過剰な防御反応により、必要以上の高熱が出るのです。すなわち、脳炎・脳症の原因というのは、発熱していることではなく、その発熱を起こしている疾患や病原体なのです。そもそも、熱が出るのは体の防衛反応です。免疫を活性化して、ウイルスの増殖を抑制するために、免疫機構が自ら発熱を引き起こしているのです。だからといって、子どもが高熱でつらそうにしていても解熱剤を使ってはいけない、ということではありません。解熱剤は病気を治すわけではなく、あくまでも一時的に症状を抑えるだけ。しかしながら、高熱のためにとてもつらい思いをしているとき、あるいは水分や食事がとれないときは、解熱剤で少しでも楽になって水分などが取れれば、それは決して悪いことではないのです。もちろん、お子さん自身が元気なら、熱が38.5度あったとしても無理やり下げる必要はありません。ただし、熱性けいれんを起こしたことがあるとか、発熱が悪影響を及ぼすような疾患がある場合には、この限りではありません。もし、インフルエンザで解熱剤を使う場合、アスピリン製剤を使用するとライ脳症という重篤な神経疾患を引き起こすことがありますので、アスピリンは決して使ってはいけません。通常、解熱剤にはアセトアミノフェン製剤を使用するよう勧告されています。ただし、お子さんの場合は体重によって使用量が異なりますので、以前に処方されたものなどを安易に使用するべきではありません。

谷口 清州

2019.2.1

インフルエンザ(前編)A型とB型、何が違う?

例年1月から3月頃にかけて流行するインフルエンザ。「今期はA型が流行している」とのことですが、そもそもインフルエンザのA型とB型って、何が違うのでしょうか?そんな疑問を解決するべく、感染症の専門家である国立病院機構・三重病院 臨床研究部長の谷口清州先生にお話を伺いました。インフルエンザのウイルスの型・亜型A型とB型の違いについてお話しする前に、まずはウイルスの型(タイプ)と亜型(サブタイプ)についてご説明しましょう。わたしたちがよく耳にするA型、B型などのいわゆる「型」は、インフルエンザウイルスの内部構造によるものです。さらにA型は、「亜型」により細かく分類されていきます。B型はA型に比べて多様性に乏しいので亜型はありませんが、山形系統とビクトリア系統に分類されています。インフルエンザウイルスの表面には、HAタンパク、NAタンパクという2つのスパイク(突起)があり、そのうちHAタンパクのスパイクが喉(のど)の受容体(シアル酸)にくっつくと、インフルエンザに感染します。感染すると、ウイルスは細胞の中でどんどん増えて、最後に細胞から外へ出ていこうとしますが、このときにもHAタンパクは表皮細胞上のシアル酸にくっついてしまい、ウイルスは細胞から離れることができません。それを切り離すのが、NAタンパク。NAタンパクによってHAタンパクとシアル酸の結合が切り離されると、ウイルスは遊離し、次の細胞に感染することができます。このようにして、どんどん気道の中で広がり、インフルエンザのさまざまな症状が出てくるというわけです。NAタンパクを阻害する薬が、皆さんご存じのタミフルやリレンザです。A型インフルエンザウイルスのHAタンパクは16種類、NAタンパクは9種類あるので、H1N1からH16N9まで16×9通りの抗原性の異なる亜型があります。これらすべての亜型はカモなどの水禽類(すいきんるい)の世界に存在しますが、それらがときどき人間の世界に侵入して感染するのです。これまでにH1N1(Aソ連型)やH3N2(A香港型)、H2N2(アジア風邪)が進入、流行したことが知られています。ちなみに、2009年には同じくA型の「H1N1pdm09」が人間界に入っています。当初、メディアでは「豚インフルエンザ」として騒がれたので、覚えておられる方も多いかもしれませんね。インフルエンザウイルスの「保有動物(リザーバー)」ウイルスは、基本的に生き物に寄生して生存していますから、必ずそのための保有動物(リザーバー)がいます。A型インフルエンザウイルスは水鳥(水禽類)界で循環・維持されているので、このウイルスのリザーバーは水禽類をはじめとする鳥たち、ということになります。そのほかの例を挙げると、サルモネラ菌やカンピロバクター、腸管出血性大腸菌(O157)などは、有袋類(ゆうたいるい)の動物が保有していますが、ヒトに感染すると食中毒を起こします。このように、もともと動物がもっていた病原体が人間に感染して起こるものを「人獣共通感染症」といいます。例えば、水禽類の鳥は、鳥インフルエンザの原因となるA型インフルエンザウイルスを腸管にもっていますが、症状が現れることはありません。しかし、鶏などの家禽類(かきんるい)や人間の世界に侵入して何代か経ることで、症状が現れるようになるといわれています。人間の腸管内にも、例えばビフィズス菌や大腸菌などのさまざまな細菌が生息していますが、それらは腸の中で共存関係を作っているため、多くの場合、病原性はありません。しかし、共存できない細菌、例えば腸管出血性大腸菌O157などが人間の体内に侵入すると、感染症をもたらすことになります。病原体にしてみれば、自分たちが生存するために人間の体内で増殖しているだけなのでしょうが、結果として感染症状を引き起こしてしまうのです。A型は大きな変異で免疫を逃れ、パンデミックを起こす型や亜型についての話が済んだところで、いよいよA型とB型の違いについてお話ししていくことにしましょう。繰り返しになりますが、A型インフルエンザウイルスには、HAタンパクとNAタンパクの組み合わせにより、144通りの抗原性の異なる亜型があります。A型インフルエンザは、数十年に一度、亜型が変わるという大変異を起こすことが知られています。突然別の亜型ウイルスが出現して、従来の亜型ウイルスにとって代わることがあるのです。もしそれが、人間が接したことのないウイルスだった場合、人間界の誰も免疫をもっていないので、たくさんの人が急速に感染、重症化し、パンデミック(世界的大流行)に陥ります。パンデミックが起こるのは、大きな変異を起こしやすいA型インフルエンザウイルスだけです。今のところ、これら144通りのA型インフルエンザ亜型のうち、人間界でパンデミックを起こしたのは、H1N1(Aソ連型)、H2N2(アジア風邪)、H3N2(A香港型)、H1N1pdm09などに限られています。ちなみに、ソ連型や香港型というのは、最初に流行した地名に由来しており、H1N1pdm09の「pdm」は「パンデミック」、「09」は「2009年」という意味です。また、先ほど「突然出てきた亜型ウイルスが、従来の亜型ウイルスにとって代わることがある」と言いましたが、突然現れたH1N1pdm09が人間界に定着してからは、不思議なことにH1N1(Aソ連型)の流行は見られなくなりました。人間界に適応したB型は、治りかけたころ他人にうつしやすい一方、B型インフルエンザは、50年くらい前に人間の世界に侵入し、今では完全に人間に適応しています。なぜなら、B型インフルエンザウイルスは、通常ヒトにしか感染しないからです。その点がA型と大きく異なります。「A型とB型と何が違うのか?」という質問をときどき受けることがありますが、その症状を見ただけではA型とB型を区別することはできません。しかし、データを読み解いてみると、A型は「熱が出るときに一番ウイルス量が多く」、B型は「症状がおさまってくる後半にウイルスが多い」ことが報告されています。つまり、他人にうつさないように、より注意が必要なのはB型なのです。なぜなら、ちょうど治りかけて、活動を始めるころにウイルス量が多くなるから。「もう治った」と思っていても、周りの人にうつしてしまう可能性が高いということです。ヒトからヒトに感染しなければ自分たちが生きられないことを、ウイルスはわかっているのでしょうか。こうした性質から、B型インフルエンザはよりヒトとの共存に適応したウイルスだといわれます。インフルエンザは根絶できるか? ウイルスたちの生存戦略A型インフルエンザは何十年かに一度大変異を起こすと言いましたが、A型であってもB型であっても、インフルエンザウイルスは毎年小さな変異を起こして、わたしたちの免疫機構を逃れています。だから毎年、たとえワクチンを打ったとしても、インフルエンザにかかる人がいるのです。それだけにとどまらず、彼らは自分が生存するためにヒトの免疫を抑制する遺伝子をもっているので、何度インフルエンザにかかっても、「完璧な免疫」というのはできません。すばやく変異し、ヒトの免疫を抑制し、何度も感染するというのが、インフルエンザウイルスの生存戦略です。わたしたちの免疫機構は、今のところインフルエンザウイルスの生存戦略を超越できるようなものではありません。つまり、人間界からインフルエンザを根絶することはできない、ということです。続く後編ではワクチンや治療薬について取り上げ、そんなインフルエンザとうまく付き合っていくためにはどうすればよいかを考えていきたいと思います。消えたウイルス「インフルエンザウイルスは根絶できない」と言いましたが、ヒトに感染するもので、今までに人類が根絶に成功したウイルスが1つだけあります。それが天然痘(痘そう)です。紀元前から「死に至る病」と恐れられ、生きながらえても顔にひどい瘢痕(はんこん)が残ってしまう天然痘。このウイルスはワクチンによってすでに根絶され、自然界には存在しません。しかし、実はアメリカやロシア(旧ソ連)の研究施設に、今もウイルスは存在します。もしもそのウイルスが、外部に流出するようなことがあったら……。今や、誰も免疫をもたない天然痘ウイルスは、バイオテロに使われる危険性をも秘めているということです。天然痘は非常に症状が重く死亡者も多い疾患でしたから、当時根絶は「絶対に必要なこと」だったのでしょう。しかし、病気を根絶するということは、免疫をもつ人がいなくなるということ。こうした側面があることも、忘れてはいけないと思います。

谷口 清州

2019.2.7

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produced by
市民・患者のための健康・医療コミュニケーション学会