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原因は「カチカチの血管」だった? 高血圧のQ&A

病気に対する疑問や不安に、横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学 主任教授の石川義弘先生が答えてくれる「教えて! 石川先生」。第1回の病気は、「高血圧」です。高血圧を放置すると、心臓や血管などのさまざまな臓器に影響を及ぼすことも。しかし、正しい服薬・食生活の改善・定期的な運動・ストレスの軽減などを心がけ、きちんとコントロールすれば、決して怖い病気ではありません。高血圧とは? 高血圧の基準・原因最高、最低がどのくらいになると、高血圧というのですか?日本高血圧学会では、最高血圧(収縮期血圧)140mmHg以上、最低血圧(拡張期血圧)90mmHg以上を高血圧と定義しています。一般的には、最高が120mmHg、最低が80mmHgを正常な血圧としています。どのようにこの基準が設定されたのでしょうか?これらの基準は、統計結果をもとに設定されています。過去に何万、何十万というたくさんの人の血圧を測り、5年、10年たったとき、「どのくらいの血圧の人」が「病気や合併症を起こしにくいか」を調べたのです。しかし極論すれば、一人ひとりの年齢・性別から生活環境・遺伝子まで、何もかもが違うわけですから、同じ140/90mmHgという値であっても、その人にとっては非常に高かったりするかもしれません。また、将来はこの基準も変わるかもしれません。年をとると血圧が高くなると言われています。年齢と共に血圧が高くなるのは、生理的な加齢現象です。血圧の上昇は、ある意味とても物理的な現象です。年齢と共に血圧が上がるのは、血管が硬くなるからです。ゴムホースを血管、流れる水を血液、ポンプを心臓と仮定します。ゴムホース(血管)が柔らかいうちは、多少ポンプ(心臓)を強く押しても、ゴムホース(血管)は柔軟に広がりますから、血圧がそれほど上がりません。しかし、ゴムホース(血管)は、加齢と共にだんだん硬くなって伸展性がなくなりますから、ポンプ(心臓)を強く押すと、血圧も高くなってしまいます。カチカチに硬くなったホース(血管)に強い力をかけると裂けてしまうこともあります。若いときに血圧が正常だった人でも、年をとれば血圧が高くなる可能性が十分にあるということです。さらに血圧は、物理の法則であるオームの法則*によって規定されます。物理学では、抵抗と電流が大きければ、電圧は上がります。血圧でも、血流量が少なければ血管が縮み、逆に多ければ血圧が上がります。これを調整するのが降圧剤です。*V(電圧)=Ω(抵抗)×R(電流):電圧は、電流が大きくなるほど大きくなり、抵抗が大きくなるほど大きくなる日や時間によって、血圧が高かったり、低かったりすることがあります。140/90mmHgという高血圧の基準は、安静状態で測った値です。ですから、ある時間だけ最高血圧が160mmHg だったからといって、慌てることはありません。私も普段は血圧が低いのですが、運動後に測ると最高血圧が160mmHgを超えることは珍しくありません。緊張したり、ストレスがかかったりしたときにも、血圧は上がります。生きている限り、血圧は上がったり下がったりするものなのです。しかし、1日中ずっと高いとなると、ゴムホース(血管)の中に常にたくさんの水(血液)が流れて、ホースがパンパンになっている状態と同じですから、ゴムホース(血管)が劣化したり、破れたりしてしまう可能性があります。血圧を測るのに最適な時間はありますか?個人差はありますが、血圧というのは寝ているときに低く、目が覚めて起きると高くなるのが一般的です。しかし、寝ているときが高くて、起きているときのほうが低いという人もまれにいます。また、日中の血圧は、活動量に応じて上がったり下がったりします。ですから、24時間血圧計を付けて1日の血圧を測れればよいのですが、実際には難しい。そこで患者さんには「起床時と就寝時の2回、血圧を測ってください」と申し上げています。朝起きて血圧を測るときは、まず膀胱(ぼうこう)を空にして緊張をとり、ベッドの上などにしばらく座って、落ち着いてから測るといいでしょう。大事なことは、血圧を測る時間と条件を、毎日同じにすることです。その昔、高血圧の人はいなかった? 高血圧は、生活習慣病のひとつです。その原因について思いをめぐらせると、おそらく昔は高血圧の人は今よりも少なかったはずです。例えば、運動不足。江戸時代には、タクシーもなければバスも地下鉄もありませんでしたから、人びとは毎日10キロ、20キロいう距離を歩いていたはずです。ですから運動不足とは無縁でした。しかし、平成に暮らす私たちが、毎日10キロ歩くのは容易なことではありません。1日中パソコンの前に座っていて、数百メートルしか歩かないということも少なくないはずです。人間の祖先と言われるクロマニョン人やネアンデルタール人の時代には、いったい1日何キロ歩いていたのでしょうね。おなかがすいたら木の実をとるために山の中を歩き回り、肉を食べようと思ったら狩りに出掛け、まずはマンモスを探すところからです。しかし今は、スーパーマーケットに出掛ければ、いろいろな種類の肉が並んでいます。運動しなくても、食べたいときにいつでも肉が食べられるわけです。最近は、カップラーメンやインスタント食品も手軽に食べられるようになりました。しかしこれらが出現してからまだ数十年です。この先、50年、100年とこれらの食品を食べ続けたとき人間の血圧がどうなるのかは、現時点ではまだわかりません。血圧を下げる方法、やっぱり基本は塩分制限と運動薬を飲まずに、血圧を下げる方法はありますか?血管は、縮まった状態が続くと硬くなって、血圧が高くなります。つまり、血管がしなやかになれば、血圧を下げることができるというわけです。血管には、自らの拡張・収縮を制御する能力があります。人間が運動すると、筋肉にはたくさんの酸素が必要になって、血管は自ら広がります。つまり、人間が定期的に運動すれば、血管も定期的に自らを広げる練習をすることになります。そして、血管を広げるときには、私たちが血圧を下げるために飲んでいるどの薬よりも優秀で、性能のよいホルモンのような物質を出していることがわかっています。運動することで、何よりも効き目のあるお薬が、自分の体内で、それもただで作れますからね。これ以上安上がりな治療方法はないと思います。しかし、ものすごく血圧が高い人がいきなり運動を始めるのは危険ですから、その場合はまずは降圧剤を飲んで、ある程度まで血圧を下げてから運動することをお勧めします。そこから薬を減らしていくことはよくあります。血圧を下げるためには、どのような運動をすればよいのでしょうか?私の言う運動は、普段の生活のなかで可能な、散歩やウォーキング、ストレッチなどです。患者さんにはよく「できる限りの運動をしてください」と申し上げています。「運動をしなさい」と指摘されたからといって、オリンピック選手のようなハードな運動を始める必要はありません。徐々に体を慣らしていって、疲れすぎない程度の運動量を見つければいいと思います。よく「1万歩歩きましょう」と言われますが、決してすべての人に共通するものではありません。ちなみに、力むような運動ではなくて、適度に「ハーハー」と息をする有酸素運動をお勧めします。塩分の摂取を減らしても血圧が下がらない人がいるそうですね。高血圧に関係する遺伝子は、おそらく何十種類も何百種類もあり、そのなかには塩分が血圧に影響するかどうかについての遺伝子があるでしょう。その遺伝子を持っている人もいれば、持っていない人もいるでしょうから、塩を制限することによって血圧が下がる人もいれば、あまり下がらない人もいる、ということになります。しかし「血圧を下げたいなら塩分を控えなさい」と言われます遺伝子の話はさておき、それが患者さんにできる簡単な治療法だからです。例えば、漬物の味を見ないで最初からしょうゆをかける人なら、しょうゆをかけるのを止めるだけで、けっこう塩分を控えることができます。「漬物を食べない」は難しいけれど、しょうゆをかけるのを我慢することならできませんか?「しょうゆを絶対使ってはいけない」「みそ汁を飲むな」とい言われたらつらいかもしれませんが、減塩しょうゆや減塩みそに変えることなら、少し努力すれば、できる範囲なのではないでしょうか?古代ローマ人や戦国武将にとって「塩は貴重品」給料をさす「サラリー」の語源は「ソルト」。実は、塩のことなのです。古代ローマでは、給料替わりに当時貴重だった塩を配っていたからだそうです。今の日本人の塩分摂取量は1日10gと言われていますが、古代ローマ人が1日に摂取する塩の量はせいぜい1日3~4g。これは量にして、われわれの半分以下です。おそらく、古代ローマ人は塩分のとりすぎで高血圧になりたくても、それだけの塩を手に入れることはできなかったと考えられます。日本の戦国時代には、「敵に塩を送る」という故事の語源となった、上杉謙信の塩送りという逸話が残っています。今川家により塩を止められた武田信玄の窮状を見かねて、上杉謙信が塩を送ったというものです。人びとの命を守るために、塩がいかに貴重だったのかを表す逸話です。また、昭和の終わり頃までは、塩は日本専売公社が販売していました。政府が管理すべき重要なものだったのですね。降圧薬による治療は一生続く? 認知症との関連は降圧剤を飲み始めたら、一生飲み続けなければいけないのですか?半分本当ですけれど、半分は間違いですね。血圧が高いということには、それなりに原因があるわけです。つまり、血圧を下げたいなら、体重だったり、食生活だったり、座りっぱなしだったり、ストレスだったり、その人の血圧を上げている原因をなくせばいいんです。そういう意味では、降圧剤を一生飲み続けなくてはいけないというのは間違いですね。太っていることが原因なら「痩せる」、塩分が影響しているなら「塩分を制御する」、いつも座りっぱなしなら「ときどき運動する」、仕事にストレスがあるなら「ストレスのない状態にする」などが、血圧を下げる本来の治療方法です。でも、平成のこの世の中ではできないことも多いかも……。となれば、薬の力を借りて血圧を下げるしかありません。自分が努力できないのであれば、降圧剤をずっと飲み続けるという図式になるのは仕方のないことですね。しかし、ものすごく血圧が高い人がいきなり運動を始めるのは危険ですから、その場合はまずは降圧剤を飲んで、ある程度まで血圧を下げてから運動をすることをお勧めします。なかには、最初から血圧が200を超えているほど高いのに、「薬はきらい、努力で治します」という方もいらっしゃいますが、それは危険です。まずは薬の力を借りて、ある程度まで血圧を落とす。その上で運動やダイエットに取り組んだり、ストレスを減らしたりすれば、薬の量はどんどん減らせますから。そうしているうちに薬を飲まなくても良くなったという方は、私の患者さんのなかにもたくさんいらっしゃいます。降圧剤の副作用で、認知症を引き起こすと話題になりました。血圧が下がりすぎると、脳の血流が落ちて認知症になるという話ですね。普段われわれ人間は、頭を上にして生活していますし、血液も下から上に流れるのは難しいので、降圧剤を服用して血圧が下がることで、脳の血圧も低下します。一般的に認知症の方は脳の血流が低下すると言われていますから、心配するのは無理のないことです。しかし、一概に血圧を下げたからといって、それがすぐに認知症につながるとは、言い切れないと思います。下がりすぎれば薬を減らせばよいだけのことです。むしろ高血圧をしっかりと治療したほうが、脳卒中の予防になるなど、はるかに有用です。これだけ医学が進歩しているのですから、もっと簡単に血圧を下げる方法があるのではないでしょうか?腎臓につながる血管の神経を焼き切るといった、いわゆる外科的な方法があります。何をやっても下がらなかった血圧が、劇的に下がったという話もあります。しかしどの人にも絶対的に効果があるとは言えないでしょう。ある人にはとてもドラマチックに効くけど、ある人には全く効かないということです。他にも、自律神経を刺激して、血圧をコントロールする方法もあります。最近は、血圧が悪者のごとく扱われがちですが、血圧はそもそも生命を維持するために絶対的に必要なものであり、その血圧は、自律神経によって制御されているのです。ですから血圧自体は悪者ではありません。医学の世界に「絶対」はありませんから、この方法・薬だったら「100%治る」などということはありません。むしろいろいろな薬や治療を試して、自分に合った治療法を選んでいくことですね。そういった治療を行うことが、専門医の得意とするところでもあります。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司関連記事40歳以上の日本人のほとんどが動脈硬化の危険因子をもっている?タマネギ・赤ワインの効果は? 動脈硬化のQ&A

石川 義弘

2018.5.28

濃厚接触による家族内での感染も。医師が語る髄膜炎

前回のコラムでは、日本では珍しい、しかし海外では多数の死者を出している「狂犬病」についてお伝えしました。今回も、国内ではあまり話題にのぼらない「髄膜炎」がテーマです。海外で流行するさまざまな感染症のなかから、谷口先生が髄膜炎を取り上げた理由とは?2020年の東京五輪を控えた今、髄膜炎をめぐる諸問題についても伺います。致死率が高く、ショック状態に陥ると数時間で死亡も━━ 谷口先生は海外に行く前にどんなワクチンを打っていますか?A型肝炎、B型肝炎、破傷風のワクチンは打っています。B型肝炎は医療従事者など血液に触れる可能性のある仕事をしている人はこれまでに接種していると思います。麻疹(はしか)・風疹は自然感染したことがあり、私は十分な抗体を持っていますので打っていません。今は狂犬病感染のリスクのあるところには行かないので打っていませんが、20年前にアフリカに行ったときには狂犬病ワクチンも打っていきました。私は年に4回ほどガーナに行くので、もちろん黄熱病のワクチンは接種しています。また、髄膜炎菌ワクチンも打ちます。アフリカ大陸の西部にあるガーナは「髄膜炎ベルト」と呼ばれる範囲に含まれていまして、流行性脳脊髄膜炎(りゅうこうせいのうせきずいまくえん)の流行地域ですからね。━━ 流行性脳脊髄膜炎というのはどんな病気なのでしょうか?髄膜炎というのは脳の周りにある脳脊髄膜の炎症を指します。膜につつまれている脳にも同時に炎症が起こるので、脳脊髄膜炎と言うのです。この病気を引き起こす病原体にはいろいろありますが、そのうちのひとつである髄膜炎菌は人から人からへ感染するので地域的な流行を起こすことがあります。流行性脳脊髄膜炎と呼ばれており、極めて重症になります。髄膜炎菌が原因なので、髄膜炎菌性髄膜炎とも呼ばれます。原因菌である髄膜炎菌というのは、感染するとヒトの鼻から喉(のど)のあたりにすみつき、飛沫感染によって人から人へ感染します。保菌していても発症する人としない人がいるのですが、何らかの理由でこの菌が血中に入り、増殖して、脳脊髄膜に到達すると、脳脊髄膜炎を発症します。抗菌剤による治療を行っても患者の10~15%は亡くなり、運よく生き残っても10%くらいの人には後遺症が残るという、怖い病気です。━━ そんなに怖い病気なのに、日本で定期予防接種対象に含まれていないのはなぜですか?今の日本では、髄膜炎菌に感染して髄膜炎になる人は年間30人程度だからです。昔は日本でも法定伝染病に指定されており、年間に何千人という方が亡くなっていましたが、今の日本人の保菌率は1%以下です。保菌率が減った理由について、よくわかっていませんが、一般的な衛生状態がよくなったこと、一方では長年国内で抗菌薬が濫用されてきたことと関係しているのではないかという指摘もあります。一方、アメリカやイギリスなどの、日本を除くほとんどの国々は、保菌率が10~20%。10人に1人くらいは菌を持っていることになります。よって、アメリカでは髄膜炎菌ワクチン接種を義務化している州が多いですし、イギリスでも定期接種の対象になっています。寮生活の予定があるなら予防接種の検討を━━ 髄膜炎になるとどんな症状が出るのでしょうか?最初は熱が出て、咳・鼻水・全身倦怠感・頭痛など、風邪のような症状で始まります。やがて血液中に菌が増えると、足や全身の節々がひどく痛み、手足が冷たくなり、紫色の出血斑(しゅっけつはん)が出ます。電撃的なショック状態に陥り、発症してから数時間で亡くなることもあります。以前、宮崎県の高校で、髄膜炎の集団発生がありました。4人が入院し、そのうち1人は亡くなっています。亡くなった子は夕方に発熱して、「ちょっと調子が悪い」と言っていただけだったのに翌朝倒れて、その夜に亡くなってしまいました。ちなみに、アメリカやイギリスにおける予防接種の主な目的は、寮生間での流行を防ぐことです。向こうの学生はほとんどが寮生活なので、飛沫感染が懸念されます。海外留学はもちろん、国内であっても、お子さんが寮生活などをされる場合は接種を検討してください。━━ 2020年の東京五輪では、髄膜炎菌のワクチンを義務化する必要はないのでしょうか?髄膜炎菌ワクチンの接種については、今回のオリンピック・パラリンピックでも議論になっています。例えば会場を案内するボランティアなど、海外からの参加者と濃厚に接触する場合には飛沫感染のおそれがありますから。2018年開催の平昌(ピョンチャン)オリンピックではスタッフに全員打ったそうですから、日本も2020年の東京五輪のときは対策を徹底すべきではないか?という議論がずっと続いています。予防接種は渡航者ワクチン外来やトラベルクリニックで━━ 髄膜炎菌のワクチン、日本ではどこで打てるのでしょうか?一定規模の病院ならば打てるようになっていますので、お近くの渡航者ワクチン外来やトラベルクリニックなどを検索してみてください。私が勤務する三重病院には渡航者ワクチン外来があるので接種可能ですが、1本あたり2~3万円ほど費用がかかります。原価が高く使用期限もあるので、予約制にしている病院が多いと思います。受診の際は事前に確認するようにしてください。家族内での感染も。谷口先生が髄膜炎ワクチンに思うことグローバル化が進んだことにより、海外出張に行かれる方も髄膜炎菌のワクチンを打ちに来られます。でも「会社からお金が出ないから打てない」「費用が高すぎるから打てない」と接種をあきらめて帰る方もいて、複雑な気持ちになることがあります。なぜ私がこんなに髄膜炎菌を気にするかと言うと、過去に悲しい事例を目の当たりにしたことがあるからです。1歳のお子さんが髄膜炎菌性髄膜炎で亡くなってしまったということがあり、調査を行ったところ、亡くなったお子さんと同じ型の髄膜炎菌が、ご家族のお一人から見つかりました。この方は海外へ出張されていたようです。もちろん実際のところはわかりませんが、あちらで保菌して、帰国後に家族内で感染したのかもしれません。そういう事例を見ているので、ワクチンで防げるものなら防ぎたい、という気持ちがあるんです。病原体というのはヒトにくっついて移動しますから、旅行や出張に行けば、その土地の感染症を持って帰ってきてしまう危険がある。ワクチンを打つか打たないかというのはリスクマネジメントで、「めったにないことにどれぐらいお金をかけて備えるか」という話になるのですが、自分の健康とともに、周りの人の健康も考えないといけないというのが難しいところです。参考文献(*1)髄膜炎菌性髄膜炎とは - 国立感染症研究所(NIID)(*2)髄膜炎菌性髄膜炎(ファクトシート) - 厚生労働省検疫所(FORTH)(*3)感染症についての情報「髄膜炎菌性髄膜炎」 - 厚生労働省検疫所(FORTH)

谷口 清州

2019.8.1

初期症状がでにくい糖尿病。栄養の取りすぎが病気の原因に。

糖尿病と言うと、「太っている人の病気」と思われがちですが、そんなことはありません。よくない生活習慣を続けていれば、誰もが発症しうる身近な病気です。しかし、なぜ糖尿病になるのか、糖尿病を発症するとどんな不都合があるのかなど、詳しく知っている人はあまり多くないのが現実です。石川先生に詳しく解説していただきましょう。糖尿病とは糖尿病って、どんな病気ですか?文字のとおり、「尿に糖が出る病気」です。糖尿病の人の尿は甘いので、ありが寄ってきます。おそらくそんな様子を見て、昔の人が「糖尿病」と名付けたのかもしれません。なぜ尿に糖が出てしまうのでしょう?糖は私たちの体にとって大事な成分ですから、本来、尿に流れ出ることはありません。しかし、糖のとりすぎにより、腎臓がコントロールできる量以上の糖が血液中を流れ、結果として尿の中に糖が出てきてしまうのです。糖は体に悪いのでしょうか?糖のとりすぎが体によくないだけで、糖自体は体に悪いものではありません。糖は、生物体・人類にとって最高のエネルギー源です。われわれの体は、ブドウ糖、つまりグルコースを使って動いており、糖がなければ人間は生きていくことができません。糖がなくなってしまうと脳の活動が停止してしまいますから、人間にとっては絶対に必要な成分と言えるでしょう。ですから、人間の体には、血糖値がある程度以下にならないよう厳密にコントロールする仕組みが備わっています。ここで登場するのが、血糖値が高くなりすぎないようにコントロールする「インスリン」というホルモンです。糖尿病の原因とインスリン糖尿病とインスリンの関係を教えてください。食事をすると血糖値(血液中の糖の濃度)が上がります。インスリンは、上昇した血糖値を下げるホルモンで、血液中の糖を筋肉などの組織に取り込ませることで血糖値を一定に保つ働きがあります。簡単に説明すると、「食事をする⇒血糖値が上がる⇒インスリンが分泌される⇒ブドウ糖が筋肉などの組織に取り込まれる⇒血糖値が下がる」ということです。本来、インスリンが効かないという人はいませんが、運動不足や栄養過多が続くとインスリンの働きが悪くなり、血糖の取り込みが上手にいかなくなります。これを医学用語では「インスリン抵抗性」と呼びます。糖尿病のなかには、膵臓(すいぞう)にあるβ細胞が壊れてインスリンが分泌されなくなってしまう「1型糖尿病」と、いわゆる成人型糖尿病と言われる「2型糖尿病」があります。後者の2型糖尿病は、ほんの数十年前までは「お金持ち病」と言われていました。それだけ糖がとれるのは、お金持ちだけだったのでしょう。糖尿病には、栄養過多や肥満が大きな原因になるということでしょうか?肥満になると、筋肉に取り込まれなかった多量の糖が血液中に流れることになります。これが糖尿病の原因となります。インスリンは、膵臓の中にある特殊なインスリン分泌細胞(β細胞)で作られています。健康なときは、糖を筋肉に取り込むために十分な量のインスリンが分泌されますが、肥満が進んで血糖値が高くなると、増えてしまった糖を筋肉に取り込むために、さらにたくさんのインスリンが分泌されるようになります。ところが、そのうちにβ細胞はインスリンを出すことに疲れてしまい、だんだん分泌が落ちてきてしまう(インスリン分泌障害)。インスリンの分泌が落ちているのに、肥満のまま、糖をたくさん摂取し続けていると、糖は筋肉に取り込まれなくなって血中にあふれてしまいます。この状態を糖尿病と呼びます。糖尿病に初期症状はない?糖尿病になるとどんな症状が出るのでしょうか?糖尿病には初期症状がほとんどありません。多少疲れやすくなったり、尿の量が多くなったりすることがあるぐらいです。多くの場合、健康診断で血糖値やHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)の値が高いとか、尿に糖が出ていると指摘されて気づきます。糖尿病を見つけるために、どのような検査があるのでしょうか?「空腹時血糖健康診断」という空腹時の血糖値を測る方法と、血液検査で過去1~2カ月の平均血糖値であるHbA1cを測る方法があります。血糖値は、ガムをかんだり、砂糖をなめたり、コーヒーを飲んだりするだけでも変動してしまいますから、過去1カ月の平均血糖値が分かれば、より正確な診断をすることが可能になります。ほかに、尿検査や砂糖水を飲んだあとの血糖値を測る方法(経口ブドウ糖負荷試験)もあります。ちなみにHbA1cというのは、血液中のヘモグロビンと糖が結合したものです。血糖値が高い状態が続くと、体のあちこちに糖が付着し、タンパク質であるヘモグロビンをも変性させてしまいます。忙しくて健康診断を受けていなかったら、突然心筋梗塞になって、調べてみたら血糖値が高かったという方も少なくありません。糖尿病になると、糖が体のあちこちに沈着するので、血管も砂糖漬けになり、ボロボロになってしまうのです。血管が砂糖漬け……。やはり、ケーキやおまんじゅうなど甘いものが好きな人は糖尿病になりやすいのでしょうか?基本的には、ケーキを食べても、おにぎりを食べても、私たちの体はエネルギー物質に変えることができます。だから食べるのはかまいませんが、大切なのは食べ過ぎないことです。一般的には、体重と身長から肥満度を表すBMI(体格指数)による適正体重を保つのがよいとされています。それにプラスして、ご両親が糖尿病であるかなどの遺伝的な背景も考慮する必要があります。ご両親に糖尿病の気がある方があまりよくない生活習慣を続けて太ってしまったら、間違いなく糖尿病を疑うべきでしょう。糖尿病はどのような問題を引き起こすのでしょうか?糖尿病の人は、血管が砂糖漬けの状態です。すなわち、血管が硬くなったり詰まりやすくなったりするような病気は、おおかた糖尿病に合併すると思って間違いないでしょう。脳の血管なら脳梗塞、心臓なら心筋梗塞、目なら失明など、糖尿病からさまざまな病気が派生します。糖尿病は尿に糖が出てしまう病気ですが、実態は血管病で、全身の血管がだめになってしまうことが問題なのです。とはいえ、どの病気もそう簡単になる病気ではありませんから、1年に1回、必ず健康診断を受けるようにしていれば、心配には及びません。もし糖尿病になってしまったら?もし糖尿病になってしまったら、どうすればいいのでしょうか?糖尿病は、透析が必要になったり、失明したりというリスクを伴う怖い病気です。しかし、糖尿病の人全員がそうなるわけではありません。糖尿病だと診断されても、しっかり治療を受ければ心配することはありません。1型糖尿病の方は膵臓からインスリンが分泌されなくなっているので、外からインスリンを補うしか方法はありませんが、2型糖尿病の方は、適切な治療を受けることに加えて、ご自身の生活習慣を改善していくことによって糖尿病が治るという方もいらっしゃいます。薬を正しく服用するのとともに、生活習慣を改善していくことが大切なのですね。膵臓を刺激してインスリンの働きを高めたり、効果を促進したりする、さまざまな種類の薬が出ています。つい最近だと、余分な糖をわざと尿に出してしまう薬も出てきました。しかし、人間がこれらの薬を飲み始めてまだ数十年です。新薬が効くことは間違いないのですが、これらの薬をこれから何十年か飲み続けたときに、どんな副作用があるかというのは、誰にも分かりません。となると、やはり一番よいのは、昔ながらの、食事制限と運動ということになります。このふたつは何百万年も前から続いていますので、絶対に副作用はありませんからね。父も糖尿病だったけど長生きした。だから私も…糖尿病の多くは遺伝します。あるとき私の診察を受けにきた患者さんが言いました。「父も糖尿病ですが、85歳の今も元気です。だから私も大丈夫ですよね。」確かに、この患者さんは、お父さんの糖尿病の遺伝子も、85歳まで生きられる遺伝子も持っています。そして案の定、糖尿病になってしまいました。さて、この方はお父さんと同じ85歳まで生きられるでしょうか?答えは、このままの生活を続けていれば、「NO!」です。なぜなら、お父さんがこの患者さんと同じ年齢を生きた時代と、今、患者さんが暮らすこの時代が違うからです。私は患者さんにお聞きします。「あなたは、あなたと同じ年齢のときにお父さんが食べていたのと同じ食事をしていますか?」「あなたは、あなたと同じ年齢のときにお父さんが歩いていたのと同じ距離を歩いていますか?」どう考えても、今の人たちのほうが、健康に悪い生活をしているのは一目瞭然。おいしいものを苦労せずに食べられて、おまけに歩く距離も減ったとなれば、お父さんより明らかに健康に悪い生活を送っていることは間違いありません。おまけに仕事が忙しくて、ストレスに追われる毎日を送っています。つまり、お父さんの世代なら糖尿病でも85歳まで生きられても、「おいしいものを手軽に食べられて」「歩かず」「ストレスフルな」環境にいる患者さんは、このままの生活を続けていたら厳しい、ということになってしまいます。とはいえ、現代において、昭和の時代と同じように、食事をして、歩いて……という生活するのは、不可能に近いことです。それでも、少しずつ若い頃のお父さんと同じ生活習慣に戻す努力をしていただいて、足りない分を現代のお薬で補うというのが、本来のやり方ではないでしょうか。現代の美食をして、現代の運動習慣もそのままで、悪くなった分も現代の薬で補う。薬を飲めば、確かに血糖値は下がるかもしれませんが、人間・生物としては一番好ましくない治療方法だと思います。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2019.10.10

発症したら打つ手なし。100%の確率で命を落とす狂犬病

前回のコラムでは、東南アジアなどへ旅行する際に注意したい感染症や、渡航前に打っておきたいワクチンについてご紹介しました。今回のテーマは「狂犬病」。現在、日本では発生していないため、なじみのない方のほうが多いかもしれません。しかし、今も世界では年間5万5000人もの人が命を落としている怖い病気なのです。予防と対策について、国立感染症研究所での勤務経験もある谷口清州先生にお話を伺いました。発症したら100%の確率で死に至る━━ 谷口先生が国立感染症研究所で診た、一番珍しい感染症は何ですか?十数年前 、フィリピンより帰国した男性が、現地で犬に咬まれて狂犬病ウイルスに感染し、国内で発症したことが確認されました。私が直接診たわけではありませんが、国立感染症研究所にて病原体診断が行われました。━━ 狂犬病になった人には、どんな治療が行われるのですか?狂犬病を発症したら、有効な治療はありません。残念ながら亡くなりましたね……。狂犬病の実態は脳炎なのですが、発症するとほぼ100%死に至ります。感染した動物に噛まれると唾液からウイルスが侵入し、神経に入ります。神経をずーっと伝って、脳に到達したウイルスは脳炎を引き起こします。現代の医学では、狂犬病ウイルスによる脳炎になった人を救う方法はありません。噛まれても発症前なら「予防」ができる━━ 狂犬病ウイルスに感染している動物に噛まれたら、もう打つ手はないのでしょうか?いいえ、ウイルスが脳に到達するまでに食い止めればいいので、発症する前であれば噛まれてからでも予防ができます。これを医学用語では「曝露後予防(ばくろごよぼう)」と言います。まず、噛まれたら可能な限りはやく、できれば24時間以内に、狂犬病ウイルスに対する抗体(抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン)を咬まれた部位に注射します。抗狂犬病ウイルス免疫グロブリンというのは、狂犬病ウイルスに結合してウイルスを不活化する働きのある血液製剤なので、これによってとりあえずウイルスの動きを封じ込め、それから狂犬病ワクチンを6回接種します。そうすると、脳に到達するまでに自分の体のなかにも抗体ができるので、脳炎の発症を食い止めることができます。狂犬病ウイルスを持っている動物に噛まれる危険性が高い場合は、「曝露前予防(ばくろぜんよぼう)」が必要です。渡航前に3回のワクチン接種を受けてください。狂犬病の動物に噛まれる危険性があるなら予防接種を━━ 市街や観光地を散策するだけであっても、曝露前予防は必要でしょうか?途上国であっても、ごく普通の観光地であれば狂犬病の犬はいないと思います。しかし、野外でキャンプをするとか、野生動物がいるところへハイキングに出掛けるとか、狂犬病の動物に噛まれる危険性があるなら、渡航前にワクチン接種をしてください。アメリカでは、野生のコウモリに噛まれて狂犬病ウイルスに感染したという人もいますから。━━ 犬以外の動物からも感染する危険があるのですか?狂犬病を持っているのは犬だけとは限りません。狂犬病ウイルスは哺乳類に感染しますから、ネコやサル、キツネ、アライグマなどもウイルスを持っている可能性があります。野生動物はもちろん、飼われている動物であっても、不用意に近付かないようにしてください。━━ 狂犬病のワクチン、日本ではどこで打てますか?一定規模の病院ならば打てるようになっていますので、お近くの渡航者ワクチン外来やトラベルクリニックなどを検索してみてください。予約制にしている病院が多いと思いますので、受診の際は事前に確認するようにしてください。まとめ:狂犬病の予防・対策・治療現在、日本は狂犬病発生のない国。一方、今も世界では年間5万5000人もの人が狂犬病によって命を落としていると言われている。狂犬病を発症したら、有効な治療はない。発症するとほぼ100%死に至る。狂犬病ウイルスに感染している動物に噛まれても、ウイルスが脳に到達するまでに食い止めればよい。発症する前であれば「曝露後予防」ができる。狂犬病ウイルスを持っている動物に噛まれる危険性が高い場合は、「曝露前予防」が必要。渡航前に3回のワクチン接種を。市街や観光地を散策するだけという場合、ごく普通の観光地であれば、狂犬病の犬はいないと考えられる。しかし、野外キャンプ、野生動物がいるところでのハイキングなど、狂犬病の動物に噛まれる危険性がある場合、渡航前にワクチン接種を。狂犬病ウイルスは、犬以外の動物からも感染する危険がある。ネコやサル、キツネ、アライグマなどもウイルスを持っている可能性があるため、野生動物はもちろん、飼われている動物であっても、不用意に近付かないようにする。ワクチン接種は渡航者ワクチン外来やトラベルクリニックで受けられる。取り扱いや予約については事前に電話などで確認を。参考文献(*1)狂犬病とは - 国立感染症研究所(NIID)(*2)狂犬病に関するQ&Aについて - 厚生労働省(*3)感染症についての情報「狂犬病」 - 厚生労働省検疫所(FORTH)

谷口 清州

2019.7.25

「健康診断で見つかるがん」は治る? がん入門編

男性の4人に1人、女性の6人に1人が、がんで亡くなる時代です。身の回りにがん闘病中の家族や友人がいるという方も少なくないことでしょう。そんな身近な「がん」ですが、がん細胞ができる原因やがんができにくい臓器など、治療以前の基本的な情報については意外と知られていないようです。今回は「がん入門編」として、石川先生にやさしく解説していただきましょう。そもそも「がん」はなぜできる?がんの原因は?石川先生。いきなりですが、「がん」ってなぜできるんですか?ずばり、がん細胞ができる原因は「細胞分裂のときに起こるミス」ですね。われわれの体の細胞が、毎日生まれては死んで、死んでは生まれているというのはご存じですよね。はい。その「生まれて」というのが、「細胞分裂」のことですよね。そうです。例えば胃の壁を構成している細胞の1つが寿命を迎えても、ほかの元気な細胞の分裂により新しい細胞が生まれることで、胃の壁の働きは保たれています。ちょっと難しい話になりますが、われわれは細胞の一つ一つに「DNA」という体を作る設計図をもっていて、これはアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4種類の部品を使って書かれています。細胞分裂をするときには、このA・C・G・Tの組み合わせで書かれた暗号を一言一句間違わずに引き継がなければいけないのですが、細胞分裂のときにミスが起こると、アデニン(A)だったものがシトシン(C)に書き換わってしまったりすることがあります。万が一、がんの発生や抑制に関係する設計図の一部がこのように書き換えられてしまうと、細胞のがん化を止められなくなってしまうのです。どうしてミスが起こってしまうのですか?例えば、1から10までの数を100万回繰り返して書いたとします。そうすれば1回や2回は絶対ミスをするでしょう? 毎日分裂を繰り返しているわれわれの細胞も同じです。疲れていたり、酔っ払っていたり、思考がうまく働いていなかったり……。そういうことが細胞にもあるんですよ。特にミスを起こしやすいのは、細胞の機能が落ちているとき、つまり年をとったときなんです。例えば、15歳くらいの孫と90歳のおじいちゃんの両方が100万回書けば、おじいちゃんのほうがミスをする回数も多いし、それを見逃すことも圧倒的に多くなるんじゃないでしょうか。がんになる臓器、ならない臓器。その違いはここまでの話をまとめると、「細胞が死んだときに新しい細胞を作ろうとするから、がんになる」「不摂生をしている人や年をとった人ほど、新しい細胞を作るときにミスをしやすい」ということになるでしょうか。そういうことです。一方で、「がんにならない臓器」があるのをご存じですか?「がんにならない臓器」……。「細胞が生まれ変わらない臓器」ということでしょうか。そんな臓器があるんですか?あるんですよ、心臓です。「肺がん」や「胃がん」はよく耳にすることがあっても、「心臓がん」って聞いたことないでしょう? あるとしても、ごくまれです。なぜ心臓にがんが発生しないかというと、心臓の細胞は、生まれてから死ぬまでほぼそのままだからです。心筋梗塞のコラムで「死んでしまった心筋を生き返らせることはできない」とお話ししましたよね。最近は「再生医療がもっと発展すれば、細胞も再生できる」という説もありますが、ひとまずその話は置いておくと、心臓の細胞は「おぎゃあ」と生まれてから死ぬまでずっと同じで作り直す必要がないから、がんにはならないというわけです。諸説ありますがね。なるほど! 細胞が死んで新しく生まれ変わる臓器は全てがんになりうるけれど、そうでない臓器にがんはできにくいということですね。そういうことですね。普通ならできそこないの細胞ができても、われわれの体をパトロールしている「免疫くん」がしっかりやっつけてくれています。しかし、不摂生をしたり、高齢になったり、何らかの理由でこの「免疫くん」が疲れてしまうと、できそこないの細胞をやっつけてくれなくなって、そいつをみすみす「がん化」させてしまいます。健康な人も「がん細胞」をもっている?すると先生、できそこないの細胞は誰もがもっているということですか?健康なわれわれの体内でも、がんになる可能性のある細胞がしょっちゅうできていますよ。通常であれば、そいつが小さいうちに「免疫くん」がやっつけてくれているので大ごとにはなりませんが、「誰もが日々がんになっている」と言えるでしょう。それを「免疫くん」がやっつけてくれている!そうです。だから「健康で規則正しい生活をしましょう」と言われるんですね。「免疫くん」が元気でいられるような生活をすることが、がんの予防につながるからです。「免疫くん」が元気なら、できそこないの細胞をやっつけてくれますから。「免疫力を高めることが大切だ」と言われるのはそういうわけなのですね。がんもいろいろ。ざっくり分類すると……がんは進行度合いなどによって、細かく分類されていると聞きました。そうですね、がんにはいろいろな分類があります。がんが疑われる場合は、詳しい検査の結果に基づいて分類を行い、その分類をもとに診断および治療方針を決めていく、という流れになりますね。どんな検査を行うのか、詳しく教えてください。がんが疑われる場合、まずは綿棒などで患部から細胞をこすり取ったり、針やメスなどで組織を採取したりします。これを病理医という細胞・組織診断のプロが顕微鏡で調べるのですが、この検査は「細胞診」や「組織診」と呼ばれます。細胞を調べる場合は「細胞診」。細胞の大きさや形などから細胞の悪性度を調べ、I~Vまでの「クラス(Class)」に分類します。一方、組織を調べる場合は「組織診」と言いますが、これはいわゆる「生検」のことです。細胞の大きさ、形、並び方などから組織の性質を調べ、1~5までの「グループ(Group)」に分類します。なお、組織診は細胞診よりも正確な判断ができることから、細胞診をしないケースも増えています。こういった検査を行うことで、「がんなのかどうか」や「どれぐらい悪いがんなのか」が分かります。ここで「がんである」と判明した場合、初めて「ステージ(Stage)」という分類が出てきます。「ステージI」、「ステージIV」といった言い回しはよく聞きます。どのように分類をするのですか?ステージ分類では、がんがどこまで進んでいるかを判断し、進行度合いによって分類します。例えば胃がんなら、がんが胃の粘膜の一番内側にいるのか、粘膜の下の層にいるのか、胃の筋肉まで進んでいるのか、胃の一番外側、漿膜(しょうまく)まで到達しているのか、もしくはそれも突き破ってほかの臓器にまで広がってしまっているのか。どこでどれくらいの大きさになっているかなどを調べます。なお、がんができた臓器によって分類の仕方は異なります。「ほかの臓器に広がる」というのが、いわゆる「転移」ですか?そのとおり。転移とは、細胞が血液やリンパの流れに乗ってほかの臓器に行くことです。リンパの流れは「リンパ節」という関門を通過しないと次の臓器に行けないので、がんもまずリンパ節に転移することになります。ですから、転移しているリンパ節の数や遠さ、あるいはリンパ節を突破してほかの臓器に転移しているか否かというのも、ステージ分類の判断材料になります。胃がんの場合は、がんが胃の粘膜にとどまってリンパ節に転移していなければ、手術による治療で完治することも少なくありませんよ。健康診断で見つかるのは「治るがん」?がんは早期発見すれば治る病気だとも言われていますよね。がんには「見つけやすくて、たいてい治療することで治るがん」と「見つけにくくて、治療しても治すのが難しいがん」があります。あくまでも一般論ですが、健康診断の項目に入っているようながんは簡単な検査でも見つけやすいうえに、見つかってすぐに治療をすればたいてい治ります。だから検査をして見つけているのです。「治すのが難しいがん」ですか……。そうです。例えば、健康診断の検査項目にはない膵臓(すいぞう)がん。これは簡単な検査で見つけるのが難しいうえに、見つかっても完治させるのが非常に難しい。一方、健康診断で必ずと言っていいほど行われる胃バリウム検査や検便は、胃がんや大腸がんを発見するためのものです。これらのがんは検査も簡単で見つけやすい。そして、早期に治療すればかなりの高い確率で治ります。治る可能性が高いがんを早く発見して、治療しようということですね。そう、「見つかったら治るがん」を見つけようとしているのです。そこに健康診断の重要性があります。多くの人が「検便を出すのは恥ずかしい」とか、「めんどうくさい」とかおっしゃいますが、検査に出さないなんてすごくもったいないと思います。なぜなら、検便で見つかる大腸がんは、他のがんに比べてわりと進行がゆっくりで、「便に血が付いているから検査しましょう」という段階であっても、治せる可能性がとても高いんです。がんの進行が遅ければ、治療して治る可能性も高い。だから検便!早い時期に見つけて、切ってしまえば治ります。だから検便はやったほうがいい。だって見つかったら治るのですから。検便はとても意義のある検査だと思いますよ。便だけで分かるんですから。便を出すだけなら、バリウム検査や採血よりもずっと楽で簡単だと思うんですがねえ。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2018.9.18

痛風ってどんな痛み? プリン体が多い食事に注意 痛風のQ&A

病気に対する疑問や不安に、横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学 主任教授の石川義弘先生が答えてくれる「教えて! 石川先生」。第3回の病気は、「痛風」です。「風が吹くだけでも痛い」と痛風の患者さんが話しているのを聞いたことがあります。石川先生も「今まで経験したことのないくらい痛いですよ」と言います。平成28(2016)年の国民生活基礎調査によれば、男性の痛風による通院者率(人口千対)は、60代で36.8%、3人に1人が痛風であることがわかります。痛風は「ぜいたく病」と言われることも……?そうですね。日本では「徳川家の歴代将軍も加賀百万石の殿様も、誰ひとりとして痛風になった人はいない」と言われているからでしょうか。よく痛風の患者さんに「名誉ある病気になれて、あなたはなんてラッキーなのでしょう。徳川家康よりもぜいたくな暮らしをされているんですね。」とお話しします。痛風とはどんな病気?DNAの代謝物質である尿酸が体内にたまりすぎてしまうと、さまざまな病気を引き起こします。まず、血液中の尿酸の濃度が高まると、高尿酸血症といわれる状態になります。たまりすぎた尿酸が関節の中で結晶化し、炎症が起きた状態を痛風と言います。一番多い症状は痛風結節といって、特に足の親指の付け根あたりが痛くなります。他にも、腎臓がやられてしまったり、結石のような石になったりするケースもあります。「痛風は痛い」?どのくらいの痛み?あなたが男性なら過去に経験したどんな痛みより痛いですよ。男性である私は経験したことがないけれど、お産くらい痛いとも言われています。足の親指の付け根あたりがパンパンに腫れあがって、患者さんいわく、「風が吹いただけでも痛い」そうです。グルメの国フランスでは、かなり昔から痛風があったようですが、その当時の医学漫画には、やりを持った悪魔が痛風患者の足を突っついている様子が描かれています。キャビア、めんたいこ、白子、あん肝などのいわゆるグルメ食と言われる魚卵や、プリン体が多く含まれるビールは、痛風の原因になります。日本やアジア諸国の食生活がヨーロッパに近づいたということでしょうね。あくまでも食べ過ぎや飲み過ぎがいけないのであって、食べてはいけないということではありませんよ。プリン体0というビールならいくら飲んでも大丈夫?いいえ。プリン体0でも、飲み過ぎれば肝臓や腎臓などの代謝系機能に障害が起きてしまいます。確かに痛風の患者さんにはビール好きの方が多いので、「飲むのならプリン体0の方がいいですよ」とお話ししますが、あくまでも程度問題です。飲み過ぎたらだめですよ。痛風の痛みを忘れるためにお酒を飲んでいるという人もいましたけどね(笑)。痛風になったらどんな治療をする?痛風は、年がら年中痛いわけではなくて、ときどき起きる発作が痛いんですね。その発作が起こると1週間くらいは、痛くて歩けなるようなこともありますが、それ以外のときは症状がありません。ですから、痛風発作を起こさないように、まず食生活を見直すこと。そして、薬を服用して、ある程度まで尿酸値を下げておくことが大切です。痛風によく効く薬はある?確かに最近は、尿酸の排せつを促進したり、尿酸の産生を抑制したりと、さまざまな効能を持つ薬があります。しかし、薬を飲んでいるからといって、あん肝をつまみにビールを飲んでいたら、本末転倒です。ずばり、痛風は治療すれば治る?痛風は、尿酸値をコントロールできれば発症しません。しかし、痛風になりやすい体質の方も少なくありませんから、やはり正しい食生活や生活習慣を心がけることが基本になります。痛風が悪化するとどうなる?なかには、足の関節が変形して、歩けなくなってしまうほどひどい症状の方もいらっしゃいますよ。痛風が他の病気につながることは?例えばですが、梅毒にかかっている患者さんが診察にいらしたとき、どのような検査をすると思いますか? 医師はまず、梅毒にかかっているなら、淋病(りんびょう)やクラミジア、時にはエイズもと、さまざまな性病の可能性を考えます。つまり、この患者さんには、「梅毒にかかるような生活習慣があったのではないか?」と考えるんです。それと同じで、痛風の患者さんを診るときには、「この人は痛風になるような生活習慣なのかな」と考えてみるわけです。もしそうだとしたら、そのうち、糖尿病や高血圧などの生活習慣病になってもおかしくありません。なかには遺伝が強く関わっているケースもありますが、大体の病気は、表面に現れている症状だけではなくて、原因となる生活習慣にも目を向ける必要があるということです。ぜいたくな生活をしていたら、痛風以外の病気が起きてもおかしくありませんよね(笑)。痛風になるような人は、その生活習慣を見直していかなければ、きっと高血圧にもなるし、糖尿病にもなるし、動脈硬化にもなるでしょう。どんどんつながっていってしまいますよ。ストレスが痛風に影響する?ストレスがかかると、過食に走る人も多いです。過食という生活習慣の結果、痛風につながることもあるかもしれません。決して、ストレスだけが独立して痛風の原因になっているというわけではないと思います。生活習慣は、食べるものであり、仕事の仕方であり、生活のリズムであり、運動習慣でもあります。その昔、家に電灯などなかった頃は、暗くなったら仕事は終わりという人が多かったことでしょう。それがここ数十年間で、当然のように深夜まで残業をするようになってしまいました。こういった生活習慣の変化がストレスとなり、ストレスがまた生活習慣を悪化させ、痛風の発症に関わっているという可能性は、大いにあるでしょうね。参考文献:平成28年国民生活基礎調査インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2019.3.18

インフルエンザが流行中。感染経路・潜伏期間・症状は?

例年12月から3月にかけて流行するインフルエンザ。感染経路、潜伏期間、症状、予防策などについてまとめました。インフルエンザの感染経路・潜伏期間・症状は?インフルエンザは「インフルエンザウイルス」に感染することで起こる病気です。主な感染経路は、咳(せき)やくしゃみの際に口から発生する小さな水滴による飛沫(ひまつ)感染。1~3日間ほどの潜伏期間を経て、38度以上の発熱、頭痛や関節・筋肉痛などの症状が急に現れるのが特徴です。子どもではまれに急性脳症を、高齢者や免疫力の低下している人では肺炎を伴うなど、重症化することがあります。(*1)「うつさない、もらわない」3つの予防策インフルエンザウイルスの感染を予防する主な方法として、以下の3つが挙げられます。1つ目は「流行前のワクチン接種」高齢者では死亡の危険が5分の1に、入院の危険が約3分の1から2分の1にまで減少することが期待できるとされています。(*2)2つ目は「手洗い」の励行流水・せっけんによる手洗いは、手や指などについたウイルスを物理的に除去する方法として有効です。アルコール製剤による消毒も効果があります。3つ目は「咳エチケット」を心がけることほかの人に向けて咳などをしない。咳やくしゃみが出るときはマスクをする。手のひらで受け止めたらすぐに手を洗う。飛沫を浴びないようにすれば、感染の機会は大きく減少します。去年も予防接種を受けたから、今年は必要ない?インフルエンザワクチンは、そのシーズンに流行が予想されるウイルスを用いて、毎年作り変えられています。前年にワクチン接種を受けた人でも、改めて接種を検討したほうがよいでしょう。重症化しやすい65歳以上の人などは、定期予防接種の対象となっていますので、希望する方は医師に相談しましょう。ちなみに、インフルエンザウイルスには大きく分けてA型・B型・C型の3つの型があり、流行的な広がりを見せるのはA型とB型です。「インフルエンザワクチンは打っても意味がない」は本当かワクチン接種をすれば絶対にインフルエンザにかからない、というわけではありません。しかし、発病や発病後の重症化を予防することには一定の効果があり、「打っても意味がない」というのは誤解です。最も期待される効果は、重症化の予防。特に基礎疾患のある人や高齢者では重症化する可能性が高いと考えられています。肺炎や脳症などの重い合併症を防ぐためにも、ワクチン接種の意義は大きいと言えるでしょう。抗インフルエンザウイルス薬は、早めの服用が効果的本来、インフルエンザは自然治癒傾向のある疾患ですが、これまでの研究では発症から2日(48時間)以内に抗インフルエンザウイルス薬を服用すると、発熱期間は1~2日間短縮され、鼻やのどからのウイルス排出量も減少することが報告されています。(*3)抗インフルエンザ薬には、内服薬のタミフルや吸入薬のリレンザなどがあります。発症から2日以内に服用を開始するのが効果的ですので、慌てることはありませんが、特に乳幼児や基礎疾患のある人などは早めの受診を心がけましょう。薬を飲まなくても注意! 子どもの「異常行動」以前、抗インフルエンザウイルス薬の服用後に、急に走りだす、部屋から飛び出そうとするなどの異常行動が報告されていましたが、最近の調査により必ずしも抗インフルエンザウイルス薬を服用していなくても異常行動が現れることが判明しており、服用の有無にかかわらず注意が必要です。小児・未成年がインフルエンザと診断されたら、少なくとも2日間は1人にさせないようにしてください。件数はわずかですが、転落等による死亡事例もあります。参考文献(*1)国立感染症研究所 インフルエンザとは(*2)厚生労働省 インフルエンザ(総合ページ) 65歳以上の皆様へ(*3)厚生労働省 インフルエンザQ&A文:Open Doctors編集部

谷口 清州

2019.1.30

手足口病が流行中。子どもの三大夏風邪を解説

「真夏であっても、ちょっと油断すると子どもが熱を出してしまう」と悩んでいる親御さんも多いのでは? お子さんの目が赤く充血していたり、 「喉(のど)が痛い」と食事を拒んだりする場合は、もしかしたら冬にかかった風邪とはちょっと違うウイルスに感染しているかもしれません。夏に流行する「子どもの三大夏風邪」について、感染症の専門家である国立病院機構・三重病院 臨床研究部長の谷口清州先生に伺いました。「夏の風邪」と「冬の風邪」の違い━━ 夏に流行する風邪と冬に流行する風邪には、どんな違いがあるのでしょうか?一般的に「風邪は冬にひくもの」というイメージが強いですからね。風邪を引き起こすウイルスと流行時期について大まかに説明すると、9月から増加し始めるライノウイルス、それに続いて冬はRSウイルス、インフルエンザウイルス、コロナウイルスなどが流行します。そして、春にかけてヒトメタニューモウイルスが地域的に流行します。アデノウイルスやエンテロウイルスは一年中みられますが、夏から秋にかけてしばしば流行します。このアデノとエンテロ、2つのウイルスによる感染症が、いわゆる「夏風邪」と呼ばれるものです。「子どもの三大夏風邪」の特徴と共通点━━ 「子どもの三大夏風邪」とはどんな病気を指すのでしょう?多くの親御さんが悩まれる夏風邪というと、大きく分けて「咽頭結膜熱(いんとうけつまくねつ)」「ヘルパンギーナ」「手足口病」の3つになるでしょう。・咽頭結膜熱咽頭結膜熱は、アデノウイルスによる感染症です。年間を通して発症しますが、初夏に流行することが多い疾患です。主な症状は高熱と、のどの痛み(咽頭炎)と目の充血(結膜炎)で、数日間続くことが特徴ですが、目の充血がないこともあります。アデノウイルスには60種類以上の型があり、それぞれで症状が異なることが知られています。例えば8・ 19・ 37型は流行性角結膜炎を起こします。・ヘルパンギーナヘルパンギーナの名前の由来は、口蓋垂(こうがいすい)、いわゆる「のどちんこ」の周囲の炎症を「アンギーナ」といい、そこにヘルペスのような水疱ができるので「ヘルパンギーナ」と呼ばれるようになりました。主にエンテロウイルス属の一種であるコクサッキーウイルスの感染により発症します。症状としては、突然の高い熱、次に喉の痛みがでます。水分も、ごはんも摂取しにくくなり、特に子どもの場合には痛みのため水分をとらなくなると、脱水症のリスクもあります。・手足口病手足口病というのは、発熱とともに、口周囲や口の中の粘膜、手のひら、足の裏や足の甲などに2~3mmの水疱性発疹(水ぶくれ)が出現します。時に肘(ひじ)、膝(ひざ)、おしりなどにも出現することもあり、特に最近流行することの多い、コクサッキーウイルスA6に感染すると、手・足・口だけではなく、背中やお尻、大腿部(太もも)に水疱疹がでることもあります。発熱は約3分の1で見られますが軽度であり、38℃以下のことが多いとされています。━━ 三大夏風邪の共通点や、特徴について教えてください。共通点は、夏の流行が多いこと。それから、感染後に症状が消えてもウイルスを排出し続けること、つまり感染期間が長いということも共通点ですね。ウイルスは咽頭から3~4週、便中には5~6週以上にわたって検出されることが知られています。ウイルスが最も急速に増え、大量に排出されるのは急性期(病気になりはじめた時期)です。その後、回復期(症状がおさまり快方に向かう時期)になると排出されるウイルスの量は減ってきますが、便からはまだまだウイルスが排出されているため、一見治ったように見えても、便を介して感染が広がってしまうのです。例えばアデノウイルスに感染して治った人は、症状がなくなっても便中にまだたくさんウイルスがでています。かつてはこの疾患がプールでよく広がったので、プールに入る前に腰まで消毒液の入った洗体槽に浸かるという予防策が行われていました。一定以上の年齢層の方は経験したことがあるかもしれません。現在はウイルスが広がらないように、プールの水の塩素濃度は1ppm以上という基準ができています。便以外でも、これらのウイルスは、咳やくしゃみ、唾液や鼻水が付着した手指を介して広がります。症状がおさまってからもウイルスは出ますので、患者との接触後は手洗い・手指の消毒が大切になってきます。夏風邪で注意したい合併症━━ 「夏風邪は長引く」とも言われますが、本当ですか?特に冬に比べて長引くということはないと思いますが、合併症のために長引くということはあります。手足口病の原因となるウイルスのひとつにエンテロウイルス71型というのがあり、これは髄膜炎や脳炎などの合併症を起こすことがあります。今シーズンは、これまでのところ、このウイルスはあまりみられていません。(2019年7月時点)2016年にエンテロウイルスD68型が流行して、喘息発作や呼吸困難、さらに弛緩性麻痺(しかんせいまひ:筋肉を動かすことができず、麻痺している箇所がダランとしている状態)などを引き起こしたことは記憶に新しいと思います。エンテロウイルスのなかには中枢神経に感染するウイルスがおり、最初は夏風邪の症状だけであっても、場合によっては合併症を引き起こす可能性があります。ただ、これらのウイルスに感染した人の90%以上は、無症候性感染(病原体に感染しても症状が出ず、健康にみえる状態のこと)あるいは軽症の発熱性疾患に終わります。━━ 症状が出ない方も多数いらっしゃるんですね。そういう方から感染が拡がるのでしょうか?そうですね。多くは軽症例あるいは無症候例の便を介して感染が広がりますが、一般的に症状が出るのは5歳までの小児が多いですね。赤ちゃんがかかると重症になります。とくに新生児は抵抗力が弱いですから、注意が必要です。━━ 手足口病では髄膜炎や脳症になることもあると伺いましたが、ほかに注意が必要な合併症はありますか?手足口病の原因となるコクサッキーウイルスB群の場合は筋肉に炎症が起こることがあります。ときに、先にも述べた無菌性髄膜炎や脳炎・肝炎・心筋炎や心膜炎を引き起こすことがあります。心筋炎を起こして心臓のポンプ機能が悪くなると心不全の状態に陥ります。そうすると、心臓で十分な循環ができないために浮腫(むくみ)が出てきたり、おしっこの量が減ってきたりします。心筋の収縮力が落ちるために、心拍数が早くなることもあり、それに伴い息もはやくなります。場合によっては不整脈が出るときもあり、突然死の原因にもなり得ます。見た目では元気がなくなります。普段ならば熱があっても遊ぶのにぐったりしているとか、親の感覚で「おかしい、普段と違う」という気付きは大切です。赤ちゃんは熱があっても興味のあることには積極的ですから、いつものような動きがなければおかしいと考えて注意しなければなりません。特に夏は、暑くて汗をかきやすいですから、脱水状態になることがあります。自分の熱をコントロールする方法は汗をかくことです。しかし、体内の水分がもともと少ない状態で汗をかくことができないと熱がどんどん高くなるリスクもあります。━━ 夏は風邪をひいた子が熱中症になることもあるということですか?風邪による発熱は体が自ら「体温を上げろ」と命令した結果なのですが、熱中症というのは自分で体温が調節できなくなって体温が上がってしまう状態を指すので、異なる概念です。しかしながら、風邪による発熱も熱中症も「脱水が伴う」という状況は似ています。ただでさえ気温が高くて、脱水により熱があがりやすい環境ですから、十分な水分補給を心掛けたいところです。予防の基本は「手洗い」「接触を避ける」こと━━ 夏風邪はどう予防すればよいのでしょうか?基本的には患者と接触しないようにすることです。しかし、実際のところ家庭内で接触しないようにするというのは難しいでしょうから、家族内感染率は結構高いです。例えば上のお子さんが保育園でもらってきて、お母さんにうつして、さらに下の子にうつして……というケースはよくあります。多くは患者の糞便を介しての直接・間接接触による感染ですが、咳やくしゃみによってウイルスが飛んで感染することもあります。風邪予防に「うがい」は必要?日本では古来より「風邪の予防にはうがい」と言われてきましたが、実際の予防効果はほとんどないということが分かっています。うがいをしすぎることで、喉にある種々の感染を防御する物質が少なくなり、感染しやすくなるということも言われています。風邪の予防にうがいを推奨するのは世界中で日本だけなのですが、昔からの習慣なので、なかなか変えることは難しい面もあるのかもしれません。治療の基本は「よく休み」「よく食べる」こと━━ 夏風邪に対する治療薬はあるのでしょうか?夏かぜのウイルスに効果がある治療薬はありません。もちろん、「抗生物質」と呼ばれているような抗菌薬のたぐいも、ウイルスには効きません。ウイルスを自分で排除する、免疫力を高めるということ以外に有効な対応方法はないというのが現状です。感染症というのは、基本的に病原体(ウイルスや菌)とヒトとの戦いです。病原体が弱いものであっても、身体の免疫力が弱ければ病原体の方が勝ちます。治療には、「いかにして身体の状態をよくするか」ということも含まれるわけです。例えば相手が細菌であれば有効な抗菌薬で叩くこともできますが、アデノウイルスやエンテロウイルスなどのウイルスにはその方法がありません。市販の解熱薬、口内炎の薬、目薬などを使用される方も多いと思いますが、あくまでも症状を鎮める薬であって、ウイルスに直接作用するものではありません。よく睡眠をとって、身体を休めて、栄養のあるものを食べるという方法が一番なのです。━━ 休息や栄養をとることが大切ということですが、もしも自分の子どもが夏風邪にかかったら、何を食べさせればよいのでしょうか?まずは水分を十分に飲ませて、次にタンパク質をとらせてください。食べられるならば、バランスの取れた普通のごはんがよいのですが、ヘルパンギーナは喉が痛くて食べられないことも多いですから、水やジュース、あるいはヨーグルトやプリンなど、喉を通りやすいものになるでしょう。ただ、酸っぱいとしみますのでオレンジジュースなどは避け、冷たいスープなどを飲ませるのもよいと思います。基本的には3~4日で治ることが多いので、その間に体力を落とさないよう、しっかり休ませることも大切です。━━ 3日以上熱が続くときは、もう一度病院を受診したほうがよいのでしょうか?そうですね。そして、頭が痛いとか、嘔吐(おうと)する、水分がとれない、咳が強くなる、熱が一向に下がらずにむしろ高くなってしまうなど、新たな症状がでるような場合は病院へ行ったほうがよいでしょう。保育園や学校、解熱後48時間は連れて行かないで━━ ウイルスが長い間排出されるというお話がありましたが、保育園や学校へ行かせても大丈夫なのでしょうか?症状がなくなっても4~6週間程度は体からウイルスがでてきます。三大夏風邪のどれも同様です。症状があるときのウイルス量は多く、症状がなくなればだいぶ減ります。ですから熱が下がってから48時間は保育園などの施設には連れていかないよう、親御さんに伝えます。一般的に症状がおさまってから48時間経過するとウイルス量が少なくなることがわかっているからです。また、咽頭結膜熱は、主要な症状が消えたあと2日経過するまで出席停止、手足口病とヘルパンギーナに関しては、急性期は出席停止ですが、回復期は全身状態が改善すれば登校可となっています。(学校保健安全法による)もちろん仕事などの事情があることもわかりますが、お子さんの体力も十分回復していない状況で保育園などに連れて行くのは避けたほうがよいと思います。体力が落ちているので、別の感染症をもらってくることもありますし、オムツを取り替えるときに手などに付着して、それがきれいに洗い落とせていなかった場合、保育園などで集団発生するということもあります。繰り返しになりますが、特効薬がない現状では「手洗い」「接触をさける」という予防が大切で、かかってしまった場合はよく休み、睡眠をとり、栄養を十分にとるということが一番です。参考文献(*1)手足口病に関するQ&A – 厚生労働省(*2)ヘルパンギーナとは – 国立感染症研究所(*3)手足口病、ヘルパンギーナ、咽頭結膜熱が増加しています -【感染症エクスプレス@厚労省】Vol.303(2017年06月30日) - 国立保健医療科学院(*4)咽頭結膜熱とは – 国立感染症研究所(*5)学校保健安全法施行規則 - e-Gov [イーガブ](*6)エンテロウイルスD68型流行期における小児気管支喘息発作例の全国調査(IASR Vol. 37 p. 31-33: 2016年2月号) - 国立感染症研究所

谷口 清州

2019.7.25

「旅行者下痢症」って? 海外で気をつけたい感染症

海外の旅行先で体調を崩すと、せっかくの旅行も楽しめません。今回のコラムでは、よくある下痢症を防ぐために現地でできることや、日本ではめったにかからない感染症から身を守る方法をご紹介します。今回は日本からの渡航者が多い東南アジアの感染症について、国立病院機構・三重病院 臨床研究部長の谷口清州先生にお話を伺いました。感染症のプロでも完全に防ぐのは難しい「旅行者下痢症」━━ 谷口先生が診ることの多い渡航者の病気は何ですか?私がよく診るのは、やっぱり下痢症ですかね。一般的に、海外旅行でかかる下痢症を「旅行者下痢症」といいます。硬水(ミネラル分がたくさん含まれた水)が身体に合わないこともありますし、香辛料など食べ物によるものもありますが、病原体に汚染された水や食品の摂取によって起こる感染性の下痢には注意をしておくべきでしょう。これらの病原体は腸管病原性大腸菌・サルモネラ・ノロウイルス・赤痢・コレラなど多種にわたりますが、一番多いのは腸管病原性大腸菌によるものでしょうか。東南アジアなんかでは屋台で食事をとることもありますよね。私はベトナムで屋台のフォーを食べていて、上にのっけてもらった香草にイモムシがついていて、スープに沈めたらそれが浮いてきたことがあります。しっかり洗っていなかったということでしょうから、他の病原体が付いていても不思議はないですね。━━ 現地で食事をする場合には、どんなことに気をつけたらいいでしょうか?本気で下痢を防ぎたいなら、非加熱のものは一切口にしないほうがいいでしょうね。生水はもちろんダメですし、飲み物にいれる氷も避けた方がよいと思います。必ずミネラルウォーターなど、ボトルに入ったものを飲むようにしてください。ミネラルウォーターでも、ビールやジュースであっても、目の前で栓を抜いてもらうのがいいでしょう。あと、ベトナムの屋台でフォーを注文するとき、現地のことをよく分かっている人は「(トッピングの)香草も湯通しして」と言っていましたね。どこで何を食べるにしても、ちゃんと中まで火が通っているものを食べるようにしてください。━━ 非加熱のものを一切取らないようにすれば、下痢を完全に防げるのでしょうか?加熱したものであっても、加熱後や盛り付け後、あるいは徐々に冷めていく途中で、病原体が混入することもありますし、ミネラルウォーターを注いだグラス、お箸や自分の手など、非加熱のものを食べる以外にも病原体が体に入ってくるルートはありますから、下痢症を完全に防ぐのは難しいと思います。基本を守って、危ういものは避けておくことだろうと思います。それでも下痢をした場合、本当にたまたま当たったとしか言いようがありませんね。楽しいことにはある程度のリスクも伴うものでしょう。━━ 谷口先生も旅行者下痢症に悩まされた経験はありますか?もちろんありますよ。私は仕事上、ガーナに行くことが多いのですが、向こうで欧米人と同じように生野菜のサラダを食べたら、「これはどう考えてもコレラだな」という症状が出ましたね。いわゆる米のとぎ汁状の、大量の水溶性下痢症です。ミントと氷の入った「モヒート」というカクテルで、発熱と下痢に悩まされた後輩もいます。幸い周りはみんな感染症の医者だったので、「これはどう考えても感染性の下痢だから、抗菌薬で様子を見よう」と。それで無事に治って帰ってきました。あとで本人は、きっとミントの葉が汚染されていたのだろうと言っていました。━━ 下痢症になったとき、現地で病院に行ったほうがよいと判断する目安は?水溶性の下痢が続くときや脱水・嘔吐(おうと)が激しいとき、血の混じった下痢が出るときは、病院に行かれたほうがよいと思います。下痢は重症になると一日に何リットルも出ます。そういうときに水分が十分とれない、水分をとってもすべて出てしまうという場合、脱水によって命を落とすこともあります。また、下痢に血が混じっているような場合は抗菌薬が必要ですから、きちんと医療機関にかかって治療を受けてください。途上国からの帰国者に多い感染症は、マラリア・デング熱・腸チフス・A型肝炎━━ 東南アジアなどの途上国では、下痢症以外にどんな感染症が多いですか?やはり風邪、つまりウイルス性上気道炎(ウイルスせいじょうきどうえん)のような、一般的なものが最も多いです。ただ、風邪であれば数日で自然に治ってしまうので、病院にはあまり行きませんよね。病院に来るのは、一向に熱が下がらないとか、発疹が出てきたとか、「いかにも重症感のある場合」だと思います。一般的に、東南アジアやアフリカなどの途上国から帰ってきて熱が下がらないというときは、マラリア・デング熱・腸チフス。この3つは考えておくべきです。これらの病気の潜伏期間は数日のこともありますが、非常に長いときもあります。デング熱の潜伏期間は長いと約2週間、マラリアや腸チフスでは約4週間になることもあります。潜伏期間が長いといえば、A型肝炎も東南アジアの渡航者に多い病気です。こちらも症状が出るまでに約1カ月かかることがあります。帰国してしばらくたっていても、病院を受診した際には、いつごろ、どこへ渡航し、どのような行動をとったかをお伝え頂くことが重要です。━━ マラリア・デング熱・腸チフス・A型肝炎はどんな病気なのでしょうか?マラリアは蚊が媒介する感染症で、38~39度台、時には40度の高い熱が出て、不定期に上がったり下がったりします。かかった人はみな「これまで経験したことがないほど体がだるい」と言いますね。何度もかかれば次第に症状は軽くなっていくのですが、初めてかかったときは重症になりがちなので、とても苦しいようです。デング熱も蚊が媒介する感染症です。症状としてはまず発熱、そしてこの病気は別名「骨折熱」と言われるほど、手足の関節が痛みます。あとは頭痛、特に目の奥が痛くなります。しばらくすると発疹や、出血疹が出てくることもあります。腸チフスも同様に40度近い熱が続きます。チフス菌に汚染された食べ物や水から感染し、おなかが痛くなったり、食欲がなくなったりしますが、どちらかというと便秘気味になり、必ずしも下痢になるわけではありません。途中で「ばら疹」という発疹が出てくることもあります。A型肝炎は『まんがカルテ』の「海外旅行から1カ月後、発熱があり全身だるい(10歳男児)」でも取り上げましたが、症状としては全身のだるさ・発熱・食欲不振・嘔吐・黄疸(おうだん)などです。腸チフスもA型肝炎も、屋台や市場などで菌やウイルスに汚染された食べ物を口にして感染することが多いと思います。━━ どの病気も初期症状は風邪やインフルエンザに似ていますが、受診のタイミングは?そうですね、なかなか熱が下がらないと言って受診される方や、あるいはマラリアなどを心配して受診される方が多いです。海外に渡航された後に体調を崩し、3日以上発熱が続く場合や、体がとってもだるい、咳が激しい、呼吸が苦しい、眼が黄色いなど、いつもの風邪と違うなというときには早めに受診されるのがよいと思います。それから、意外に思われるかもしれませんが、夏の海外旅行でインフルエンザに感染することも結構あります。亜熱帯気候の地域では、雨季にインフルエンザが流行します。雨季は11~1月と6~8月の2回あるので、インフルエンザの流行も1年に2回。そのため、日本の真夏に東南アジアへ行った場合、帰ってきたらインフルエンザだった、ということがあるわけです。出発前にできる対策は? リスクに応じて必要な予防接種を━━ マラリア・デング熱・腸チフス・A型肝炎を予防する方法はありますか?マラリアとデング熱は蚊が媒介する感染症ですから、とにかく蚊に刺されないよう防御することが大切です。できることなら長袖や長ズボンを着用して、なるべく肌を露出しないようにしてください。虫よけスプレーも有効ですが、効果が持続する時間は商品によってまちまちなので、こまめに塗りなおす必要があります。また、マラリアには予防薬がありますので、マラリア流行地へ渡航する際は、医師の診察を受け、リスクを勘案して予防薬を処方してもらってください。腸チフスとA型肝炎に関しては、旅行者下痢症と同様に、汚染されている可能性がある水や食べ物を非加熱のまま口にすることは避けてください。A型肝炎にはワクチンがありますので、感染リスクの高い流行地域に行かれる場合は接種が勧められます、特に1カ月以上滞在される場合は接種された方がよいでしょう。腸チフスには国内で承認されたワクチンはありませんが、特に感染リスクの高い地域、滞在・生活形態の場合には、輸入ワクチン接種を検討することが可能です。━━ A型肝炎以外に、出発前に打って行ったほうがよいワクチンはありますか?今(2019年6月時点)だと、どこへ行くにしても麻疹(ましん/はしか)と風疹のワクチン(通常「麻しん・風しんワクチン」という一つのワクチンです)は、小学生未満では年齢に応じた回数、小学生以降であれば2回接種されていることを確認してください。麻しんになったことがない方、麻しんの予防接種を受けたことがない方、ワクチンを1回しか接種していない方、または予防接種を受けたかどうかが分からない方には、ワクチン接種をお勧めします。また、A型肝炎ワクチンは2~4週間隔で最低2回の接種が必要ですので、渡航前に余裕をもってワクチン接種ができるように計画してください。ワクチン接種後に発熱することもありますので、渡航直前にワクチンを接種することはお勧めできません。とはいえ、渡航先によって受けておいたほうがよい予防接種は異なりますから、『厚生労働省検疫所(FORTH)』などの情報を確認してください。まずは『国・地域別情報』で渡航先を選び、気をつけたい感染症や打っておきたいワクチンに関する情報を入手したら、『予防接種実施機関の探し方』から、お住まいの地域で予防接種が可能な医療機関を探すこともできます。これまでお話してきた感染症に対するリスクは個人個人で異なります。最近は渡航者外来や予防接種外来を設置している医療機関も多いので、そこで相談されることが一番です。ワクチンが必要な病気に感染するというのは、そんなに頻繁に起こることではありません。しかし、起こったときは長い治療が必要になり、命にかかわることもあります。リスクに応じて必要な対策を講じるには、まず「相手を知る」こと。行く先で、今まさにどんな病気が流行しているのかなど、最新情報をつかんでください。参考文献(*1)厚生労働省 検疫所 FORTH(*2)NIID 国立感染症研究所

谷口 清州

2019.7.18

動脈硬化は検査で分かる? 動脈硬化のQ&A

病気に対する疑問や不安に、横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学 主任教授の石川義弘先生が答えてくれる「教えて! 石川先生」。第2回の病気は「動脈硬化」です。動脈硬化、コレステロールってなに?動脈硬化とは、どんな病気なのでしょうか?動脈硬化は、病的に血管が硬くなることをいいます。酸化して変性したコレステロールがプラーク(塊)となって沈着することで、血管に炎症が起こります。そこがこぶのように膨らみ、最後には血管が詰まってしまうのです。血管が硬くなるだけであればそれほどの問題にはなりませんが、変性したコレステロールがたまって血管をふさいでしまうと血液が流れて行かなくなり、その先の臓器が壊死(えし)してしまいます。脳でそれが起これば脳が脳梗塞、心臓で起これば心筋梗塞ということになります。動脈硬化の原因とされるコレステロールとは、どのような物質なのでしょうか?コレステロールは、実は人間の細胞膜の主要成分で、細胞を守ったり外部の物質やエネルギーを出入りさせたりという重要な働きを支える、生物にとって絶対に必要な物質なのです。さらに、コレステロールは、男性ホルモン・女性ホルモンといった性ホルモンの原料でもあります。体の中にコレステロールがなかったら、われわれは、男であったり女であったりすることはできません。男らしさ、女らしさをうみ出しているのは、コレステロールなのです。どうして、コレステロールは悪者扱いされているのですか?コレステロールそのものが悪いのではなく、コレステロールの素となる脂分をとりすぎることが問題なのです。最近は、脂肪分ゼロの牛乳やヨーグルトも売られていますよね。アメリカでスーパーマーケットに行くと、「コレステロールゼロ」を掲げた食品が山のようにあります。コレステロールには、いわゆる善玉コレステロール(HDL-C)と、悪玉コレステロール(LDL-C)の2種類があります。LDLコレステロールは肝臓に蓄えられたコレステロールを全身に配分する役割、HDLコレステロールは血液中の余分なコレステロールを肝臓に回収する役割を負っています。「悪玉」と呼ばれるLDLコレステロールですが、LDLコレステロールがなければ全身にコレステロールが行き渡りませんから、細胞膜も、性ホルモンも作ることができません。問題なのは、とりすぎることです。どうして、コレステロールは酸化したり変性したりするのでしょうか?酸素がある場所では、当然「モノ」は酸化します。われわれ人間は生命を維持するために、酸素を体の中に取り入れています。酸素に触れたコレステロールは「酸化」、つまりさびてしまいます。さびたコレステロールは形が変わります。これが「変性」です。酸素を使って生きているわれわれ人間は、体の中で酸化や変性といった障害や副作用が起こるのを避けることができないのです。また、二酸化炭素を吐き出すときには、細胞の中にATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー物質がため込まれるのですが、同時に毒をもった酸素、スーパーオキサイドも作られてしまいます。このスーパーオキサイドは活性酸素の一種で、酸化させる力が非常に強いので、コレステロールやたんぱく質・細胞などは、次々と酸化、変性してしまいます。最近、「酸化ストレス」という言葉を耳にすることも増えました。酸化ストレスは、呼吸により体の中に発生した活性酸素が原因です。老化にも、体の構成成分の酸化、変性が深く関わっているといわれています。しかし、もし酸化ストレスを完全になくそうと思うのであれば、呼吸をやめなければなりません。栄養のとりすぎ・ストレス……増える危険因子なぜ「40歳以上の日本人のほとんどが動脈硬化の危険因子をもっている」と言われるのでしょう?多くの人が、コレステロールをはじめとする栄養分をとりすぎるようになったからでしょうね。ここ数十年、肉やチーズなどの乳製品が簡単に手に入るようになったことで、脂分を容易に摂取できるようになりましたから。でも、人類の歴史のなかで、これだけ多くの人類がコレステロールを持て余すようになったのは、ここ数十年の話です。石器時代には、肉を食べようと思ったら狩りに行かなくてはなりませんでした。1カ月の間、毎日狩りに出ても、獲物が捕れるのは何日もなかったという話を聞いたことがあります。日本も数十年前までは毎日の食事にさえ困っていて、こんなに簡単に肉を食べることなどできなかったはずです。石器時代の人も昭和の人も、コレステロールをとろうと思っても、そう簡単にはとれなかったのです。ならば私たちも、脂分などコレステロールそのものをとらなければいいのかというと、そういうわけでもありません。人間の体には糖分からコレステロールを生成する機能がありますから、基本的には食事のカロリー量や摂取する栄養素の量をコントロールすることが必要になります。つまり、いつでも食べ物を手に入れられるようになった私たちは、年齢に関わらず動脈硬化の危険因子をもっているということになります。食生活も生活環境も、明治・大正・昭和の時代に戻ることができれば、動脈硬化の心配をしなくて済むのですがね……。ストレスは、動脈硬化にどのような影響を与えるのでしょうか?ストレスは、人生のスパイスです。よいストレスもあれば悪いストレスもあります。新しい仕事場で新しいプロジェクトが始まって、これまでに経験したことがないくらい勉強したり、話したこともないような人と交渉したりしなくてはならないとします。このようなできごとは強いストレスになるかもしれませんが、うまくいけばとてつもない喜びを感じることもあるでしょう。でも、悪いストレスが続くと、メンタルだけでなく高血圧や動脈硬化、糖尿病と、体にも悪い影響が起こります。大切なことは、そのストレスが自分にとってプラスなのか、マイナスなのかを見極めることです。そう言われると難しく感じるかもしれませんが、実は意外に簡単で、多くの場合、ストレスを感じる時間で判断できます。ストレスにさらされる時間が短ければ体への影響は少ないですし、逆に長い時間ストレスにさらされ続ければ、メンタルにも体にも強いダメージを与えることになります。また、「失恋と厳しい仕事」「離婚と残業が続く仕事」といったように、全く異なったストレスが同時にかかっているかどうかも、ダメージの大きさを判断する基準となります。個人差はありますが、ストレスはうつ病といった心の病だけでなく、高血圧や心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こし、時には命を奪ってしまう可能性さえあるのです。自分が動脈硬化であると気付くには動脈硬化にいち早く気付くにはどうすればよいですか?初期の動脈硬化に症状はありませんから、なかなか自分では気付きにくいでしょうね。症状はなくても、動脈硬化を起こしやすい危険因子はあります。血圧・コレステロールが高い方、糖尿病の方などが動脈硬化になりやすいことは、間違いありません。「気付いたら血管が詰まっていた」では手遅れですから、危険因子をもっている方は、動脈硬化がどの程度進んでいるかを診断するため定期的に採血し、頸動脈の超音波検査をしたり、脈を測定したりすることをお勧めします。動脈硬化かどうかを調べる検査には、どのようなものがありますか?一つは超音波検査です。動脈の壁が厚くなっていたり、コレステロールがたまって硬くなったプラークができていたりするところが見られます。健康診断や人間ドックのオプションにある頸(けい)動脈の超音波検査がそれに当たります。頸動脈は、体の表面に一番近い太い血管ですから、非常に検査がしやすいのです。また、上向きに寝た状態で、同時に四肢の血圧を測る「血圧脈波測定」という方法もあります。いわゆる「血管年齢」を調べる方法です。運動・服薬で動脈硬化は治せる?動脈硬化を進行させないために、自分でできることはありますか?定期的に運動することで、ある程度、しなやかな血管を取り戻すことはできます。高血圧の治療 Q&A でも触れていますが、もう一度お話ししましょう。血管は、縮まった状態が続くと硬くなって、血圧が上がりますが、血管がしなやかになれば、血圧は下がります。血管は、自らの拡張・収縮を制御する能力を備えていて、血管の先の筋肉で酸素が必要になると、それを感知して、自ら広がりしなやかな状態を作ります。運動をすると、筋肉にはたくさんの酸素が必要になって、血管は自ら広がります。つまり、人間が定期的に運動すれば、血管も定期的に自らを広げる練習をすることになります。そして、血管を広げるときには、私たちが血圧を下げるために飲んでいるどの薬よりも優秀で、性能のよいホルモンのような物質を出していることがわかっています。運動するだけで、治療効果の高いお薬が、自分で、しかもただで作れるわけです。実践しない手はありませんよね。処方された薬を飲めば、動脈硬化は治せるのでしょうか?いったんたまってしまったコレステロールのこぶを薬で除去するのは至難の業です。除去できるとしても、時間がかかります。おそらく世界で一番使われているのは「スタチン」という、LDLコレステロールを作る酵素を阻害する薬です。この薬を飲むと、確かにコレステロール値がグッと下がります。余談ですが、アメリカのトランプ大統領も「スタチン」を飲んでいることを公表しています。「スタチン」を飲むとコレステロール値は下がります。しかし、動脈硬化が進んでしまった理由はコレステロール以外にもあるということを忘れてはいけません。例えば、運動不足の人がたくさん食べてストレスをためれば、さまざまな原因から起こる結果の一つとして動脈硬化が進みます。高血圧や糖尿病でも同じです。すべての原因を見ることなく、コレステロール値が高いということだけを治療しても、他は解決していませんから、われわれの体にとってよいことではありません。コレステロール値が高い人が「スタチン」を飲み続けることはもちろん必要です。しかし、それ以上に大切なのは、その人の食生活や運動、ストレスなども含めて気を付けることです。高血圧と同じですね。動脈硬化に効く?「〇〇健康法」の信頼性タマネギを食べると血液がサラサラになるというのは本当ですか?「紅茶キノコ」から始まって、今までさまざまな「〇〇健康法」が話題になってきました。しかし、医学的に効果があるかどうかはわかりません。一般的には、タマネギだろうと、紅茶キノコだろうと、酢コンブだろうと、100人に食べさせれば、4、5人「よく効く」という人がいてもおかしくありません。でも、それを健康雑誌で紹介すると、全員に効果があったように受け取られてしまうんですね。タマネギの効果を確かめるなら、何百人、何千人の人の半分は、決められた量のタマネギを食べる。残りの半分の人は一切食べない。それ以外の食生活はすべて同じ、という条件の下で比較する大規模臨床試験を実施しなければ、医学的に証明はできません。毎日1杯のオリーブオイルが動脈硬化の抑制に効果的って本当ですか?「地中海ダイエット」に代表される地中海沿岸地方の食事には、植物性脂肪の油である「オリーブオイル」が多く使われています。脂自体の摂取量は変わらないのに、動物性脂肪を多くとるアメリカ人に比べて、オリーブオイルを主とする地中海沿岸地方の人びとには、動脈硬化や心疾患、肥満の人が少ないというのです。オリーブオイルの摂取以外にも、抗酸化作用の高い赤ワインを飲むことで、動脈硬化を抑えることができるといいます。今から15年ほど前、「フレンチパラドックス」として話題になりましたが、「フランス人は、チーズやバター・肉など動物性の脂を好み、カロリーの高い食事しているにも関わらず、ヨーロッパの他の国に比べて動脈硬化の人が少ない」と報告されています。抗酸化作用が高い赤ワインをたっぷり飲むフランス人は、体の中のコレステロールの酸化が抑えられ、動脈硬化になりにくいというわけです。赤ワインは健康に効果があるということですか?「酒は百薬の長」というように、赤ワインに限らず、少量のお酒はHDLコレステロールを増やすといわれています。量としては、350ccのビール1缶(純アルコール換算で20cc)が1日の目安です。最近は、お酒の値段が極端に安くなり、手軽に飲めてしまうので、飲み過ぎる人も多くなりました。ビールより赤ワインのほうが体によいといわれますが、ビール好きな人に赤ワインを飲めというのも酷な話です。それよりも量を守ることのほうが大切な気がします。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2019.3.14

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市民・患者のための健康・医療コミュニケーション学会