新型コロナ、大都市圏では「感染しているかも」の前提で行動を。地方も他人事ではない
最終更新日:2020.4.2
もはやコロナウイルスの感染伝播を止めることは難しい
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は瞬く間に世界に広がり、世界保健機関はパンデミックを宣言しました。4月2日時点では、世界中で88万人を超える感染者が報告され、死者は4万人を上回っています。当初中国の湖北省に始まったアウトブレイクは徐々に中東とヨーロッパに広がり、ヨーロッパで急激な拡大とともに北米と南米に広がりつつあります。一方で、日本は地域封鎖や外出禁止令などの出ている欧米に比べて、患者の増加速度は緩やかです。

この理由は明確にはわかりません。おそらくですが、幸か不幸かダイヤモンド・プリンセス号でのアウトブレイクがあったため、早くから意識が高まったこともあると思いますし、なによりも、各地方自治体の保健所の方々のアウトブレイク対応、すなわちCOVID-19の患者さんが1人見つかったら、すみやかにその濃厚接触者を特定して、そこから先への感染伝播を防いでいる、ということが大きいと思います。
そして、ほとんどの濃厚接触者の方が、人との接触を避けて自宅待機をくださったということにも感謝したいと思います。また、Social Distancing(社会的に距離をとる、人ごみを避けること)と言われるような、人と人の距離を離して接触頻度を軽減するために、学校閉鎖、大規模イベントの中止、外出自粛や自宅勤務の奨励なども行われました。みなさんがこれに非常に協力的であったということも大きな要因だと思います。
しかしながら、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、人類にかなり適応していることには間違いないようです。
ウイルスというものは、生きた細胞の中でしか増殖できませんので、生きた細胞から生きた細胞へ、人から人へ感染することによってその生命を維持します。次の人に感染できなくなると、ウイルスはそこで止まってしまって死滅してしまうのです。エボラ出血熱のように感染すると非常に重篤になり、ほとんどの人を殺してしまうようなウイルスは、自分もそこで絶えてしまうので、ヒト世界では生き残れません。
一方、このウイルスは、多くの人では軽症です。不顕性感染といって、ほとんど症状がないのにウイルスを保持している人が見つかっています。また、一度ウイルスが陰性になった人が再び陽性になったということが報告されています。
このようにウイルスに感染していて、かつ症状の軽い人がたくさんいれば、すなわち人間と共存できれば、この人が歩き回ってウイルスを広めてくれるので、ウイルスにとってはその生存にとっても都合が良いわけです。このような特性から、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は効率よく、ヒトからヒトを渡り歩いて生存しているようで、今後もその感染伝播を止めることは難しそうです。
大都市圏の人は「感染しているかも」の前提に立った行動を
実際、東京を含む大都市圏では、感染伝播経路がよくわからない患者さんが多くなってきており、徐々に地域内での広がりを見せています。現状では見えていない感染伝播経路がどのくらいあるのかわかりませんが、軽症例が多いと、患者の発生状況が見えませんので、知らないうちに地域に広がることがあります。そのなかで、時に出る症状の比較的強い人が発見されて、患者として認識されることがあります。
以前には1968年に新型インフルエンザとしてパンデミックを起こした「香港」インフルエンザは、当初は似たような流行形態をとり、「くすぶり流行」として、大きな流行をおこさずに全国にばらまかれ、その後一気に大流行となっています。
東京都では外出自粛の要請が出され、電車や繁華街などが閑散としている様子も報道されています。感染伝播経路がわからない場合には、クラスタ対策は徐々に難しくなるので、このようなSocial Distancing戦略を取るしかありません。
東京都を含む首都圏では、症状がなくとも「自分は感染しているかもしれない」という考え方に切り替える必要があります。若い方であっても重症化するリスクがないわけではありません。まずはご自分の身体を守るために、3つの「密」(密閉空間、密集場所、密接場面)の重なりを避けてください。
しかし、うつされない方法を考えるだけではもう不十分です。感染経路不明の症例がこれだけ多く出ている今は、自分が感染していてウイルスを排出しているかもしれないという前提に立って、地域に広げない方法を考える段階に入っています。
大都市圏以外に住んでいる人も決して「他人事」ではない
一方で、お住まいの地域ではすべて伝播経路が追えており、誰から感染したかが不明な症例は見つかっていないので、そこまで不安には思っていないという方もいらっしゃるでしょう。少しマスクをつける人が増えたものの、日用品の買い物にも行くし、友人との集まりがあれば顔を出す。まだどこか新型コロナウイルスの感染を「他人事」ととらえている方も多いのではないでしょうか。たしかに感染伝播の経路が追えている地域では、知らない間に感染が広がっているという状況ではないと思われます。そのようなことから、そろそろこの「自粛ムード」を打破してもよいのではとの議論も聞こえてきますが、はたしてそうでしょうか。
今お住まいの地域が、東京・大阪・愛知を含む、感染が広がっている地域との交流を絶って鎖国をするというのであれば話は別ですが、現実的にはそういうことはできないでしょう。そうであれば、遅かれ早かれ、あなたがお住まいの地域にも感染者は入ってきます。たくさん入ってくるようになれば、現在の東京のように誰から感染したかわからない患者も増えてくるでしょう。
現在「オーバーシュート」と呼ばれているような、患者数が急激に増加するような事態になれば、医療費削減などでどんどん病床数を減らされている昨今の医療体制など、簡単に破綻してしまうと考えられます。ほんの数週間後、病院に人があふれ、人工呼吸器や人工心肺装置が足りなくなり、「残念ですが治療はできません」と言われる可能性はゼロではないのです。そして、こうなってしまえば、地域封鎖を行っても患者数はどんどん増加します。これは社会全体に、そして日本の未来に、大きく影響を与えます。
現在は、「私の住んでいるところは大丈夫だから、イベントなどもすべて解禁しよう」ということではなく、毎日の報道で見られているイタリアやスペイン、ニューヨークの状況を考えて、自分たちはいま何をすべきかを考えていく時期だと思います。
今後はどんな心構えで、どんな対策をすればよいのか
地域内で感染がまん延しつつあるときに接触頻度の軽減政策を行うことは、実際に感染を減少させる効果があります。これについては、過去の1918年のスペインインフルエンザのときの米国の経験が、学術論文として報告されています。フィラデルフィア市では人口の10%程度が感染してはじめて教会・学校・劇場・公共娯楽施設を1週間閉鎖しただけでしたが、ここでは人口10万当たり死亡率は13,000を記録しました。一方、セントルイス市では、人口の2.2%が感染した時期、最初の死亡例が報告された時点で、劇場・映画館・学校・プール・ビリヤード場・日曜学校・キャバレー・ロッジ・社交場・ダンスホール・野外での集会を即座に閉鎖・中止し、それを2カ月続けました。ここでは人口10万当たり死亡率は1,800程度であったと記録されています。セントルイス市では、封鎖を解いた後若干の死亡率の上昇がありましたが、それでも全体の死亡率はフィラデルフィア市の10%程度ですんでいたわけです。
この論文は、外出自粛・学校閉鎖などのSocial Distancingは感染伝播を遅らせるのには十分な効果があるということを示しています。いま、いろんなことをすべて解禁してしまってよいという時期ではありません。「これから少しずつ広がるところかも知れない」と思って、慎重にゆっくり一歩を踏み出すことが求められます。状況によっては、すぐに足を引っ込めなければならないかも知れないのです。
また、上述の論文は、今後感染が爆発的に広がっていくことを予防するためには、このような接触頻度の軽減政策は、早ければ早いほど、厳密であればあるほど効果は大きいということも示しています。ゆえに、オーバーシュートすることが予見される場合には、早期に完全な封鎖を行うことが必要になります。当然のことながら、すでに爆発してしまってからでは遅いのです。早期に完全に地域を封鎖して外出禁止としてしまうことは、社会経済的にはかなり大きなインパクトがあり、日常生活にも大きな影響がありますが、それによって多くの命が救われることになります。
「分からないことだらけ」で当たり前、臨機応変に対応を
もともと風邪のウイルスだから、暖かくなれば自然に減っていくのではないかと思われるかもしれません。確かに季節性のインフルエンザは冬季に流行し、暖かくなると減少します。しかし、アジアの亜熱帯地域や熱帯地域ではインフルエンザは暑くてジメジメした雨季に流行することをご存知でしょうか。2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1pdm09)は、夏から流行が始まりました。気温や湿度は、感染症流行の絶対条件ではなく、人の免疫状態によるところが多いと考えられています。実際、このSARS-CoV-2は現在暑い南半球やアフリカでも広がっていますし、このウイルスに対して人類のほとんどが免疫を持っていないということが影響していると思われます。
しかしながら、暖かくなると落ち着くのではないかという意見には全く根拠がないわけでありません。動物実験では、気温が30℃を超えると飛沫の中のウイルスの安定性が落ちて、感染性が低くなると言う報告があります。また、気温や湿度が低いと人の喉の上皮の繊毛運動が低下し、より感染効率が良くなるために、寒いときに流行しやすくなるというデータもあります。これにより、暖かくなると感染伝播効率が落ちると考えるのは決して的外れでとも言えないのです。
このウイルスは発見されて数カ月ですから、まだまだわからないところも多いので、今後どうなるかは実際に経過をみてみないとわかりません。もちろん、人類にははじめての経験ですから、わからないのが当たり前であって、注意深く状況をみながらいろんなことを進めていく以外に方法はないのです。
国立病院機構三重病院 臨床研究部長
国立病院機構三重病院 臨床研究部長。国立感染症研究所客員研究員。専門は小児感染症学、感染症疫学で、2003年にはSARSコロナウイルスの世界流行の対策を経験。三重大学医学部小児科学教室、ガーナ国野口記念医学研究所、国立三重病院小児科、国立感染症研究所感染症情報センター、WHO感染症対策部などを経て2013年より現職。