新型肺炎、今後注意が必要なニュースは?
最終更新日:2020.2.13
SARS対策も経験した感染症専門医・谷口医師に聞きました。

節目となるニュースは「国内における地域内感染伝播の成立」
今、日本国内で新型コロナウイルスの問題に対峙している人が一番恐れていることは、これまでに判明している患者さんとの接触がない感染者が見つかること、すなわち日本国内での地域内感染伝播です。地域内感染伝播というのは文字通り、ある地域のなかに「病原体を保有していて感染性を持つヒト」が一定程度存在し、その地域内で感染が伝播していくことを指します。冬季のインフルエンザウイルスやかぜのウイルスのように、地域の人たちの間で病原体が循環している状態をイメージしてください。2019年12月末から2月にかけて、中国湖北省武漢市で起こっている集団感染、そして今話題になっているクルーズ船での集団感染も、誰から誰へ感染が広がったのか明らかにすることが難しい状況です。このように、ヒトからヒトへの感染連鎖が追跡できない状態を、地域内感染伝播といいます。
逆に、ヒトからヒトへの感染連鎖が追跡できる状態を「濃厚接触による限定的なヒト-ヒト感染」といいます。これが起こっているのが現在の日本の状況です。国内で感染が確認されている人たちは少なくとも渡航歴のある方からの二次感染で、「誰から誰に感染したか」が分かっているため、現状のところ、日本では新型コロナウイルスの地域内感染伝播はないと言えます。現状維持のためには、患者さんがでたときの疫学調査(1人の患者さんがどこからどのように感染したか、その感染の原因となったリスク因子はなにかを調べる実地調査)が極めて重要です。
もし今後、とある地域で「誰から感染したかわからない患者さん」が次々と出てきた場合には、地域で感染伝播が進行している状況を考えねばなりません。国内の新型コロナウイルス対策は、新たなフェーズに突入することになるでしょう。
地域内感染伝播が起こっても個人ができる対策は変わらない
新型コロナウイルスの地域内感染伝播が起こったら、通常の季節性インフルエンザと同じ状況になるということです。電車の中や職場、保育園、娯楽施設など、いろいろなところで感染しうるリスクがあるので、季節性インフルエンザと同様の対策が必要です。つまり、日常的に手洗いをし、状況に応じてマスクを使用して自分を守り、特に高齢の方や基礎疾患(高血圧・糖尿病などの持病)のある方は、人混みを避けておくことが大切です。今までにも新型コロナウイルスの予防として基本の感染症対策をおすすめしてきましたが、われわれ個人にできることは変わりません。
新型肺炎の症状、今すぐできる対策は? 感染症専門医が解説(最終更新:1月31日)
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ただし、予防するワクチンがないこと、治療する薬剤がないことは、インフルエンザと異なります。状況によっては、不特定多数の人が集まる場所、学校や事業所での感染拡大防止対策をとることも必要になるでしょう。ただ、現在ワクチンが急ピッチで開発されていますし、治療薬については何種類かの抗ウイルス薬の治験が進められています。
正確な情報の把握と感染までの「時間稼ぎ」が命を救う
通常、地域内感染伝播が起こる場合には「感染者が地域で歩き回れる程度に元気である」ということが条件です。感染者がすべて重症化して肺炎になれば、外を出歩くことは難しくなってくるはずだからです。新型コロナウイルスに関しては、今のところ「重症者がでるものの、軽症者もかなり多い」という状況で「かかれば必ず重症になる」というわけではありません。しかし、今後ウイルスが変異を起こして重症化率が高くなる可能性もありますし、無症候性(症状がない)感染例・軽症例の割合や、そういった感染者が感染を広げる力(感染性)についても徐々に明らかになってくることでしょう。新たなフェーズを乗り切るためには、今までと同様、正確な情報をいち早く知る力が試されます。
SNSなどではデマが飛び交い、正しい情報と不確かな情報が混在しています。テレビ・新聞などで報じられるニュースはもちろん、国・自治体や研究所・病院などの公的機関が発信する情報を常にチェックしておきましょう。
また、地域内感染伝播地域が起こった場合、多数の死者が出るのを防ぐ方法として「できるだけ感染しないようにして時間を稼ぐ」ことが有効だと考えられます。
重症になる患者の割合にもよりますが、患者が一度にたくさん発生すれば、病院は患者であふれて、ひとりひとりが十分な治療を受けられない状況になります。また、不安になった人たちが感染していないのに病院に行けば、病院で新型コロナウイルスにかかってしまいます。武漢では現在なこのような状況が起こっているという報道もされています。このような場合、軽症であれば「周囲に感染させないように留意し、自宅で安静して十分な栄養と水分を補給して経過をみる」ことが、自分と周りの人々、そして医療機関を守ることにつながります。
これによって、一時に多数の患者がでることを防げれば、病院が患者であふれることもなく、感染した人をきちんと診ることができ、重症になった患者さんに十分な治療ができます。これを被害低減戦略(Mitigation strategy)と言います。
国の対策、個人の対策は「今のまま」で大丈夫なのか
現在、国および地方自治体の公衆衛生行政は、可能な限り地域内感染伝播を防ぐ努力をしています。つまり、患者さんを早期発見し、きちんと医療機関で感染対策を行って治療することにより感染の拡大を防ぎ、その方の濃厚接触者を特定して、健康状態を監視して、発症すればすぐに医療機関に収容して、それ以上の感染の拡大を防いでいます。2003年のSARSの際には、このような戦略によってSARSコロナウイルスを封じ込めることに成功しています。その当時はまだわかっていませんでしたが、実はSARSコロナウイルスの無症候性感染例は非常に少なく、軽症例や発症した早期には感染力が極めて低かったのです。そのため、熱や咳がでて、肺炎を起こした人を医療機関できちんと治療していれば、それ以上の感染伝播を防ぐことができたわけです。
封じ込めがうまくいくかどうかは、新型コロナウイルスの特性によるところも大きいので、どんなに努力をしても、最終的には地域内感染伝播が樹立されるかもしれません。現状では、今回の新型コロナウイルスには軽症例、無症候性感染者がいることがわかっていますが、この人たちがどれぐらい感染を広げる力があるかについては十分にわかっていません。現在行っているような対策によって、封じ込めができるかもしれませんし、できなかったとしても、少なくとも感染の拡大を遅延させる効果があります。
繰り返しますが、今のところ、新型コロナウイルスは日本国内で地域内感染伝播を起こしてはいません。つまり、普通に生活していて感染するリスクは低い状況です。ただ今も国内には、海外で感染した人と、その人との濃厚接触により感染した人が存在します。ひょっとしたら、まわりにいわゆる「無症候性感染者」がいるかもしれません。しかしながら、現状ではこの無症候性感染者の感染性については、まだよくわかっていない段階です。
第一線にいる専門家たちが「まだ確実なことがいえる段階ではない」と言っていることについて、心配しても仕方がありません。今私たち一人ひとりにできることは、日常的に手洗いをして自分を感染から守り、症状があれば咳エチケットで周囲に広げないようにし、状況に応じてマスクで防御しておくことです。
現段階で、普通に街を歩くのに新型肺炎予防のためと言ってマスクをつけても、メリットはありません。それどころか、何らかの症状がある人やその看病をしている人、そして最前線で働く医療者たちにマスクが行き渡らないのではないかと危惧しています。
なお、マスクにまつわる誤解と疑問についてはこちらの記事で解説していますので、参考にしてください。
感染症予防、マスクは「二度づけ」禁止? 再利用する方法は
https://opendoctors.jp/news/detail/debc9015572dd18bd1050daf1281007c/
国立病院機構三重病院 臨床研究部長
国立病院機構三重病院 臨床研究部長。国立感染症研究所客員研究員。専門は小児感染症学、感染症疫学で、2003年にはSARSコロナウイルスの世界流行の対策を経験。三重大学医学部小児科学教室、ガーナ国野口記念医学研究所、国立三重病院小児科、国立感染症研究所感染症情報センター、WHO感染症対策部などを経て2013年より現職。