発症したら打つ手なし。100%の確率で命を落とす狂犬病
最終更新日:2019.7.25
今回のテーマは「狂犬病」。現在、日本では発生していないため、なじみのない方のほうが多いかもしれません。しかし、今も世界では年間5万5000人もの人が命を落としている怖い病気なのです。
予防と対策について、国立感染症研究所での勤務経験もある谷口清州先生にお話を伺いました。

発症したら100%の確率で死に至る
━━ 谷口先生が国立感染症研究所で診た、一番珍しい感染症は何ですか?
十数年前 、フィリピンより帰国した男性が、現地で犬に咬まれて狂犬病ウイルスに感染し、国内で発症したことが確認されました。
私が直接診たわけではありませんが、国立感染症研究所にて病原体診断が行われました。
━━ 狂犬病になった人には、どんな治療が行われるのですか?
狂犬病を発症したら、有効な治療はありません。残念ながら亡くなりましたね……。
狂犬病の実態は脳炎なのですが、発症するとほぼ100%死に至ります。感染した動物に噛まれると唾液からウイルスが侵入し、神経に入ります。神経をずーっと伝って、脳に到達したウイルスは脳炎を引き起こします。
現代の医学では、狂犬病ウイルスによる脳炎になった人を救う方法はありません。

噛まれても発症前なら「予防」ができる
━━ 狂犬病ウイルスに感染している動物に噛まれたら、もう打つ手はないのでしょうか?
いいえ、ウイルスが脳に到達するまでに食い止めればいいので、発症する前であれば噛まれてからでも予防ができます。これを医学用語では「曝露後予防(ばくろごよぼう)」と言います。
まず、噛まれたら可能な限りはやく、できれば24時間以内に、狂犬病ウイルスに対する抗体(抗狂犬病ウイルス免疫グロブリン)を咬まれた部位に注射します。
抗狂犬病ウイルス免疫グロブリンというのは、狂犬病ウイルスに結合してウイルスを不活化する働きのある血液製剤なので、これによってとりあえずウイルスの動きを封じ込め、それから狂犬病ワクチンを6回接種します。
そうすると、脳に到達するまでに自分の体のなかにも抗体ができるので、脳炎の発症を食い止めることができます。
狂犬病ウイルスを持っている動物に噛まれる危険性が高い場合は、「曝露前予防(ばくろぜんよぼう)」が必要です。渡航前に3回のワクチン接種を受けてください。
狂犬病の動物に噛まれる危険性があるなら予防接種を
━━ 市街や観光地を散策するだけであっても、曝露前予防は必要でしょうか?
途上国であっても、ごく普通の観光地であれば狂犬病の犬はいないと思います。
しかし、野外でキャンプをするとか、野生動物がいるところへハイキングに出掛けるとか、狂犬病の動物に噛まれる危険性があるなら、渡航前にワクチン接種をしてください。
アメリカでは、野生のコウモリに噛まれて狂犬病ウイルスに感染したという人もいますから。
━━ 犬以外の動物からも感染する危険があるのですか?
狂犬病を持っているのは犬だけとは限りません。狂犬病ウイルスは哺乳類に感染しますから、ネコやサル、キツネ、アライグマなどもウイルスを持っている可能性があります。
野生動物はもちろん、飼われている動物であっても、不用意に近付かないようにしてください。
━━ 狂犬病のワクチン、日本ではどこで打てますか?
一定規模の病院ならば打てるようになっていますので、お近くの渡航者ワクチン外来やトラベルクリニックなどを検索してみてください。
予約制にしている病院が多いと思いますので、受診の際は事前に確認するようにしてください。
まとめ:狂犬病の予防・対策・治療
- 現在、日本は狂犬病発生のない国。一方、今も世界では年間5万5000人もの人が狂犬病によって命を落としていると言われている。
- 狂犬病を発症したら、有効な治療はない。発症するとほぼ100%死に至る。
- 狂犬病ウイルスに感染している動物に噛まれても、ウイルスが脳に到達するまでに食い止めればよい。発症する前であれば「曝露後予防」ができる。
- 狂犬病ウイルスを持っている動物に噛まれる危険性が高い場合は、「曝露前予防」が必要。渡航前に3回のワクチン接種を。
- 市街や観光地を散策するだけという場合、ごく普通の観光地であれば、狂犬病の犬はいないと考えられる。しかし、野外キャンプ、野生動物がいるところでのハイキングなど、狂犬病の動物に噛まれる危険性がある場合、渡航前にワクチン接種を。
- 狂犬病ウイルスは、犬以外の動物からも感染する危険がある。ネコやサル、キツネ、アライグマなどもウイルスを持っている可能性があるため、野生動物はもちろん、飼われている動物であっても、不用意に近付かないようにする。
- ワクチン接種は渡航者ワクチン外来やトラベルクリニックで受けられる。取り扱いや予約については事前に電話などで確認を。
国立病院機構三重病院 臨床研究部長
国立病院機構三重病院 臨床研究部長。国立感染症研究所客員研究員。専門は小児感染症学、感染症疫学で、2003年にはSARSコロナウイルスの世界流行の対策を経験。三重大学医学部小児科学教室、ガーナ国野口記念医学研究所、国立三重病院小児科、国立感染症研究所感染症情報センター、WHO感染症対策部などを経て2013年より現職。