【谷口先生に聞く新型コロナの疑問】検査の基準があいまいな日本では、患者数の増減を比較できないってホント?
最終更新日:2020.6.9

患者数のカウント方法を決めるのは「症例定義」
まず、「患者数が増加した」「減少した」と言うためには、一貫した方法で患者数をカウントしなければなりません。今回のコロナウイルス感染症は、症状の幅が非常に広くて、無症状の方から、風邪症状程度、軽症の肺炎から、人工呼吸が必要な重症肺炎まで様々です。故に、どの範囲の患者さんをカウントするかをきちんと決めて、継続して同じ方法でカウントしていないと比較が出来ないことはあきらかです。どのような人を調査・検査の対象にするか決めるのは「症例定義」です。症例定義とは、「このような症状があったら、病院は患者が新型コロナ感染症であることを疑って、PCR検査を含む必要な対応をしなければならない」という基準のことです。基準を満たした人に対して検査を行うことによって、患者を確定して、カウントしていくのです。シンガポール、台湾、韓国、ドイツなどでは、国が症例定義をしっかりつくっています。
重要なのは検査数よりもブレない症例定義と監視体制の強化
日本の場合、2020年2月末の時点ではおそらく比較的重症の肺炎がありそうな患者だけを検査していましたが、ここのところ徐々に軽い症例でも検査するようになってきています。症例定義がブレて、広がっているのです。そうすれば、1日の患者数が増えるのは当然です。こういう場合、患者数を減らすための施策を行い、実際に患者数が減っていたとしても、軽い症例をカウントする分だけ患者数は増えるかも知れません。患者数の比較を行おうとすれば、2月末と現在が同じ症例定義でカウントされる必要があるのです。
また、ある症状を呈する症例について、東京では検査を断られるのに、ほかの地域では検査してもらうということもあるようです。検査対象となる症例定義が一貫していないと、異なる都道府県間で患者数を比較することも不可能です。
途中でブレてしまった日本の症例定義
「日本は患者数が少なくて、どこそこの国は多い」という議論や「日本の患者数が少ないのはPCR検査の数が少ないからだ」という言い方もあります。しかし、国によって症例定義が異なれば比較は出来ませんし、症例定義が一定でないと、患者数の増減についても何も言うことはできません。現にほかの国と日本ではPCR検査の対象となる症例は異なっており、そうなれば、検査数や報告される患者数も違ってきます。今やるべきことは、日本国内において、ブレない症例定義をもって持続的に症例数を把握し、患者数が減ったか増えたかを確実に評価することです。
幸運にも、今のところ患者数は以前に比べて減少しています。これはみなさんが非常な努力をして自粛生活をしていただいた成果だと思います。しかしながら、終息したわけではなく、今後も散発例やクラスタは起こると思います。大事なことは、患者数が非常に多くなって、再び緊急事態宣言をしなければならないような状況にしないことです。もう一回1カ月間の自粛生活を余儀なくされれば、日本の社会はより大きな影響を受けるでしょう。
そうならないためには、新しい感染者が出たら早期に探知して、即座に感染拡大を防止する措置をとることです。火が出たとしても、ボヤの状態で消し止めて、決して大火事にならないようにすることです。
これを実現するには、今後は一貫した基準で患者数の増減を評価できるように、かつ早期に新たな患者を発見できるように、明確な症例定義を作成することが必要です。それだけにとどまらず、2重、3重のサーベイランス(※1)体制を敷く必要があります。
(※1)サーベイランス:感染症などの病気の発生・流行状況を監視すること。また、それにより、対策方針を決めるためのデータを収集・分析すること。
具体的な話をすると、まず第1段階では明瞭な症例定義を作成し、可能な限り早く患者を発見して対策を行います。そうすれば拡大を最小限に抑えられるのですが、この第1段階で患者を見逃した際には、その患者は他のヒトに感染させてクラスタを形成するかも知れません。
そこで、第2段階としては、医療機関や施設などで症例定義を満たす患者さんが2例以上出た場合に即座に検査を行います。クラスタが形成されたこの段階で見逃せば、これは地域に広がります。
もしそうなってしまった場合に備えて、第3段階として、地域における上気道症状患者の増加を把握して対応に結びつけるのです。
このように、可能な限り感染者を早期に見つけて対策を行うために、2重、3重の監視体制を敷いて対策を講じる。そして、死亡者数については超過死亡(※2)で評価するなど、戦略的に流行状況を把握していかないと、流行状況に合わせた対策を取るのは難しくなると思われます。
(※2)超過死亡:予測される死亡者数と比較した場合の、増加分の死亡者数。要するに、今回の新型コロナ流行による(想定の)死者数のこと。統計学的な手法で「新型コロナが流行していなかった場合の死亡者数」を出し、実際の死亡者数と比較することにより導き出す。
まとめ
- どのような症状の人を調査・検査の対象とするか定めた基準を「症例定義」という。
- 症例定義が一貫していなければ、患者数の増減について議論はできない。
- 今後は、明確で一貫した症例定義を使って流行状況を把握し、2重、3重の監視体制を敷くことが大切になってくる。
国立病院機構三重病院 臨床研究部長
国立病院機構三重病院 臨床研究部長。国立感染症研究所客員研究員。専門は小児感染症学、感染症疫学で、2003年にはSARSコロナウイルスの世界流行の対策を経験。三重大学医学部小児科学教室、ガーナ国野口記念医学研究所、国立三重病院小児科、国立感染症研究所感染症情報センター、WHO感染症対策部などを経て2013年より現職。