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横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学 教授

石川 義弘

プロフィール

Open Doctorsの監修医師。
「オープンドクターズ」によって、医療知識の普及が進み、患者さんの理解を助け、病院で働く医師の説明の補助となればと願います。
何よりも、病気になってもあきらめず、未来に希望を持ちながら、積極的に治療を受けていく患者さんの助けにならんことを願います。

略歴

横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学 教授
エール大学医学部留学を経て横浜市立大学医学部卒業。

マサチューセッツ総合病院科研究員、コロンビア大学、ハーバード大学医学部助教授、ラトガース大学医学部教授・同附属病院指導医(循環器内科)等を経て現職。日本および米国医籍登録(ペンシルバニアおよびニュージャージー)

日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本循環器学会認定循環器専門医、難病指定医、米国内科学会・内科専門医会フェロー(FACP)、米国心臓病学会フェロー(FACC)、アメリカ心臓協会フェロー(FAHA)、英国王立医学協会フェロー(FRSM)、欧州心臓病学会フェロー(FESC)、日本心臓病学会フェロー(FJCC)

石川 義弘先生の記事を読む

「健康診断で見つかるがん」は治る? がん入門編

男性の4人に1人、女性の6人に1人が、がんで亡くなる時代です。身の回りにがん闘病中の家族や友人がいるという方も少なくないことでしょう。そんな身近な「がん」ですが、がん細胞ができる原因やがんができにくい臓器など、治療以前の基本的な情報については意外と知られていないようです。今回は「がん入門編」として、石川先生にやさしく解説していただきましょう。そもそも「がん」はなぜできる?石川先生。いきなりですが、「がん」ってなぜできるんですか?ずばり、がん細胞ができる原因は「細胞分裂のときに起こるミス」ですね。われわれの体の細胞が、毎日生まれては死んで、死んでは生まれているというのはご存じですよね。はい。その「生まれて」というのが、「細胞分裂」のことですよね。そうです。例えば胃の壁を構成している細胞の1つが寿命を迎えても、ほかの元気な細胞の分裂により新しい細胞が生まれることで、胃の壁の働きは保たれています。ちょっと難しい話になりますが、われわれは細胞の一つ一つに「DNA」という体を作る設計図をもっていて、これはアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4種類の部品を使って書かれています。細胞分裂をするときには、このA・C・G・Tの組み合わせで書かれた暗号を一言一句間違わずに引き継がなければいけないのですが、細胞分裂のときにミスが起こると、アデニン(A)だったものがシトシン(C)に書き換わってしまったりすることがあります。万が一、がんの発生や抑制に関係する設計図の一部がこのように書き換えられてしまうと、細胞のがん化を止められなくなってしまうのです。どうしてミスが起こってしまうのですか?例えば、1から10までの数を100万回繰り返して書いたとします。そうすれば1回や2回は絶対ミスをするでしょう? 毎日分裂を繰り返しているわれわれの細胞も同じです。疲れていたり、酔っ払っていたり、思考がうまく働いていなかったり……。そういうことが細胞にもあるんですよ。特にミスを起こしやすいのは、細胞の機能が落ちているとき、つまり年をとったときなんです。例えば、15歳くらいの孫と90歳のおじいちゃんの両方が100万回書けば、おじいちゃんのほうがミスをする回数も多いし、それを見逃すことも圧倒的に多くなるんじゃないでしょうか。がんになる臓器、ならない臓器。その違いはここまでの話をまとめると、「細胞が死んだときに新しい細胞を作ろうとするから、がんになる」「不摂生をしている人や年をとった人ほど、新しい細胞を作るときにミスをしやすい」ということになるでしょうか。そういうことです。一方で、「がんにならない臓器」があるのをご存じですか?「がんにならない臓器」……。「細胞が生まれ変わらない臓器」ということでしょうか。そんな臓器があるんですか?あるんですよ、心臓です。「肺がん」や「胃がん」はよく耳にすることがあっても、「心臓がん」って聞いたことないでしょう? あるとしても、ごくまれです。なぜ心臓にがんが発生しないかというと、心臓の細胞は、生まれてから死ぬまでほぼそのままだからです。心筋梗塞のコラムで「死んでしまった心筋を生き返らせることはできない」とお話ししましたよね。最近は「再生医療がもっと発展すれば、細胞も再生できる」という説もありますが、ひとまずその話は置いておくと、心臓の細胞は「おぎゃあ」と生まれてから死ぬまでずっと同じで作り直す必要がないから、がんにはならないというわけです。諸説ありますがね。なるほど! 細胞が死んで新しく生まれ変わる臓器は全てがんになりうるけれど、そうでない臓器にがんはできにくいということですね。そういうことですね。普通ならできそこないの細胞ができても、われわれの体をパトロールしている「免疫くん」がしっかりやっつけてくれています。しかし、不摂生をしたり、高齢になったり、何らかの理由でこの「免疫くん」が疲れてしまうと、できそこないの細胞をやっつけてくれなくなって、そいつをみすみす「がん化」させてしまいます。健康な人も「がん細胞」をもっている?すると先生、できそこないの細胞は誰もがもっているということですか?健康なわれわれの体内でも、がんになる可能性のある細胞がしょっちゅうできていますよ。通常であれば、そいつが小さいうちに「免疫くん」がやっつけてくれているので大ごとにはなりませんが、「誰もが日々がんになっている」と言えるでしょう。それを「免疫くん」がやっつけてくれている!そうです。だから「健康で規則正しい生活をしましょう」と言われるんですね。「免疫くん」が元気でいられるような生活をすることが、がんの予防につながるからです。「免疫くん」が元気なら、できそこないの細胞をやっつけてくれますから。「免疫力を高めることが大切だ」と言われるのはそういうわけなのですね。がんもいろいろ。ざっくり分類すると……がんは進行度合いなどによって、細かく分類されていると聞きました。そうですね、がんにはいろいろな分類があります。がんが疑われる場合は、詳しい検査の結果に基づいて分類を行い、その分類をもとに診断および治療方針を決めていく、という流れになりますね。まずはどんな検査を行うのか、詳しく教えてください。がんが疑われる場合、まずは綿棒などで患部から細胞をこすり取ったり、針やメスなどで組織を採取したりします。これを病理医という細胞・組織診断のプロが顕微鏡で調べるのですが、この検査は「細胞診」や「組織診」と呼ばれます。細胞を調べる場合は「細胞診」。細胞の大きさや形などから細胞の悪性度を調べ、I~Vまでの「クラス(Class)」に分類します。一方、組織を調べる場合は「組織診」と言いますが、これはいわゆる「生検」のことです。細胞の大きさ、形、並び方などから組織の性質を調べ、1~5までの「グループ(Group)」に分類します。なお、組織診は細胞診よりも正確な判断ができることから、細胞診をしないケースも増えています。こういった検査を行うことで、「がんなのかどうか」や「どれぐらい悪いがんなのか」が分かります。ここで「がんである」と判明した場合、初めて「ステージ(Stage)」という分類が出てきます。「ステージI」、「ステージIV」といった言い回しはよく聞きます。どのように分類をするのですか?ステージ分類では、がんがどこまで進んでいるかを判断し、進行度合いによって分類します。例えば胃がんなら、がんが胃の粘膜の一番内側にいるのか、粘膜の下の層にいるのか、胃の筋肉まで進んでいるのか、胃の一番外側、漿膜(しょうまく)まで到達しているのか、もしくはそれも突き破ってほかの臓器にまで広がってしまっているのか。どこでどれくらいの大きさになっているかなどを調べます。なお、がんができた臓器によって分類の仕方は異なります。「ほかの臓器に広がる」というのが、いわゆる「転移」ですか?そのとおり。転移とは、細胞が血液やリンパの流れに乗ってほかの臓器に行くことです。リンパの流れは「リンパ節」という関門を通過しないと次の臓器に行けないので、がんもまずリンパ節に転移することになります。ですから、転移しているリンパ節の数や遠さ、あるいはリンパ節を突破してほかの臓器に転移しているか否かというのも、ステージ分類の判断材料になります。胃がんの場合は、がんが胃の粘膜にとどまってリンパ節に転移していなければ、手術で完治することも少なくありませんよ。健康診断で見つかるのは「治るがん」?がんは早期発見すれば治る病気だとも言われていますよね。がんには「見つけやすくて、たいてい治るがん」と「見つけにくくて、治すのが難しいがん」があります。あくまでも一般論ですが、健康診断の項目に入っているようながんは簡単な検査でも見つけやすいうえに、見つかってすぐに治療をすればたいてい治ります。だから検査をして見つけているのです。「治すのが難しいがん」ですか……。そうです。例えば、健康診断の検査項目にはない膵臓(すいぞう)がん。これは簡単な検査で見つけるのが難しいうえに、見つかっても完治させるのが非常に難しい。一方、健康診断で必ずと言っていいほど行われる胃バリウム検査や検便は、胃がんや大腸がんを発見するためのものです。これらのがんは検査も簡単で見つけやすい。そして、早期に治療すればかなりの高い確率で治ります。治る可能性が高いがんを早く発見して、治療しようということですね。そう、「見つかったら治るがん」を見つけようとしているのです。そこに健康診断の重要性があります。多くの人が「検便を出すのは恥ずかしい」とか、「めんどうくさい」とかおっしゃいますが、検査に出さないなんてすごくもったいないと思います。なぜなら、検便で見つかる大腸がんは、他のがんに比べてわりと進行がゆっくりで、「便に血が付いているから検査しましょう」という段階であっても、治せる可能性がとても高いんです。がんの進行が遅ければ、治る可能性も高い。だから検便!早い時期に見つけて、切ってしまえば治ります。だから検便はやったほうがいい。だって見つかったら治るのですから。検便はとても意義のある検査だと思いますよ。便だけで分かるんですから。便を出すだけなら、バリウム検査や採血よりもずっと楽で簡単だと思うんですがねえ。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2018.9.18

不整脈が起これば死も。増える心筋梗塞の危険因子

心筋梗塞というと、死ぬほど胸が痛い、必ず死に至る……、そんな怖いイメージを持つ人も多いのでは。今は優れた薬や治療法のおかげで、早期に治療を開始すれば命を落とすことはなくなってきました。しかし現代の生活において、心筋梗塞の危険因子は確実に増えているようです。心筋梗塞ってなに?今回のテーマは「心筋梗塞」です。心筋梗塞という単語はニュースなどでよく耳にしますが、実際のところどのような病気なのでしょう?心筋梗塞の「梗塞」は、「血管が詰まる」という意味なんです。血管が詰まると、その先の筋肉に血液が流れていかなくなります。これが心臓で起こるのが「心筋梗塞」で、脳で起これば「脳梗塞」ということになりますね。なるほど、「心筋梗塞」は心臓の血管が詰まる病気なんですね。心臓には右冠動脈、左冠動脈(前下行枝)、左冠動脈(回旋枝)という3本の大きな血管(冠動脈)があって、心臓のすべての筋肉に血液を送っています。しかし、動脈硬化などが原因で3本のうちのどれかが詰まってしまうと、その先にある心臓の筋肉(心筋)は酸素を受け取ることができず壊死(えし)、つまり死んで動かなくなってしまいます。心不全についてのコラムでもお伝えしましたが、心臓は全身に血液を送るポンプの役割を果たしています。心筋の一部が動かなくなるというのはポンプの故障と同じなので、血液を全身にうまく送れなくなってしまうのです。心筋梗塞になると何が起こるの?「ポンプの故障」ですか。そうです。このポンプの故障は多くの場合「不整脈」として現れますが、この不整脈が心筋の縮む順番をめちゃくちゃにしてしまうと、最悪の場合死に至ります。運よく不整脈が起こらず生きながらえたとしても、死んでしまった心筋を生き返らせることはできないので、ポンプの一部が壊れたままになります。前々回(心不全)のおさらいになりますが、このように心臓のポンプ能力が低下している状態を「心不全」というのです。不整脈が原因で死んでしまうこともあるのですか?心臓の筋肉が死んでしまうことによって起こる不整脈ですからね。心筋の縮む順番がおかしくなって全身に血液が行き渡らなくなることもあれば、心臓自体が動かなくなってしまうこともあります。普通の人にも起こるような、ときどきリズムが狂うくらいの不整脈だったら死に至ることはありません。ところで、人間の心臓って、1日に何回くらい動いているかわかりますか?1分間の脈拍を大体70回とすると、1時間で4200回、1日で……。そう、その計算だと約10万回になりますね。私たちが寝ている間も休みなく動いています。10万回動いていたら、機械だって1回や2回のミスはありますよね。つまり、誰にでも「たちの悪くない不整脈」は起きるということです。心筋梗塞は、心臓で「たちの悪い不整脈」が起きた状態ということなのですね。そう。心臓の血管が詰まって心筋が死に、「たちの悪い不整脈」が起きて心臓がうまく動かなくなるということです。繰り返しになりますが、ポンプ能力が低下して心不全の状態に陥っても、「たちの悪い不整脈」が起こらなければ、生き残ることもあります。私たちは、どんな症状が現れたとき、心筋梗塞に気付けるのでしょう?狭心症や糖尿病などの持病があったり、血圧が高かったりと、血管に負荷がかかるような疾患を治療中の方が、胸に今まで経験したことのないような強い痛みを感じたときは、すぐに救急車を呼んで病院に行くことをお勧めします。健康な人が「胸がちょっと苦しい」とか「痛い」とかいうのは、ほとんどの場合心筋梗塞ではありませんよ。心筋梗塞の治療法心筋梗塞になったら必ず命を落とす、というわけではないのでしょうか。昔は助からない人がほとんどでしたが、今は優れた薬や治療法がたくさんありますから、早い段階で病院に行けば、ほとんどの人が助かりますよ。心筋梗塞の治療にはどんな方法があるのでしょうか?多くの場合、動脈からカテーテルという細い管を入れ、血管の詰まった部分を風船で広げる「風船治療」や、これを応用して血管内で金網を広げる「ステント治療」を行います。血栓を溶かす薬の投与だけで回復する場合もあります。これらは治療時間も短く、体への負担もそれほど大きくないですし、ほとんど後遺症もありません。カテーテル治療ではどうにもならないというときは、血流の迂回(うかい)路を作る「バイパス手術」を行うこともありますが、こちらは体への負担が大きくなり、回復にも時間がかかります。どういう人が心筋梗塞になりやすい?心筋梗塞になりやすい人っているのでしょうか?心筋梗塞を起こした人の話を聞くと、それなりの理由があります。多くは高血圧や高コレステロール、糖尿病など、もともと持っていた病気や基礎疾患をちゃんと治療していなかった人です。その人たちが心筋梗塞になって、たまたま早い段階で病院に行って命が助かったとしても、その原因となっている基礎疾患を放っておいたら、また心筋梗塞を起こすことになります。普段健康に何も問題のない人が、ある日突然心筋梗塞を起こすということは、めったにありません。心筋梗塞が遺伝することはありますか?心筋梗塞そのものは遺伝しません。しかし遺伝的にコレステロールが高かったり、血圧が高かったり、糖尿病になりやすかったりという家系はあります。心筋梗塞は遺伝しないけれど、なりやすい体質は遺伝するということですね。心筋梗塞を防ぐには心筋梗塞になりやすい体質の人は、どんなことに気を付ければいいのでしょう?糖尿病の回でも話しましたが、もう一度おさらいしましょう。例えばご両親が糖尿病なら、何もしなければその子どもは多分糖尿病になると思います。仮に今あなたが50代で、ご両親は80代で糖尿病だったとすると、若いころのご両親は今のあなたより医学的によい暮らしをしていたはずだからです。「医学的によい暮らし」ですか?ご両親が若かったころは、今のあなたのように、気軽にタクシーやバスに乗っていたでしょうか? お酒も毎日は飲めなかったでしょうし、牛肉なども簡単に手に入らなかったのではないでしょうか。近所にコンビニエンスストアだってなかったはずです。今のほうが生活するには便利ですが、医学的には昔のほうがよい暮らしだったのではないか、と思うのです。今は、便利だけれど、健康に悪い生活をしているということ……。そう。あなたはご両親と同じ遺伝子を持っていることに加えて、医学的には悪い環境で暮らしているのですから、ご両親以上に、普段の健康や生活習慣に気を付けなくてはいけないということです。心筋梗塞の治療成績は上がっていますが、危険因子はご両親のころに比べると圧倒的に増えているということです。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2018.7.18

尿に糖が出るから糖尿病。実は血管も砂糖漬け?

糖尿病と言うと、「太っている人の病気」と思われがちですが、そんなことはありません。よくない生活習慣を続けていれば、誰もが発症しうる身近な病気です。しかし、なぜ糖尿病になるのか、糖尿病を発症するとどんな不都合があるのかなど、詳しく知っている人はあまり多くないのが現実です。石川先生に詳しく解説していただきましょう。糖尿病とは糖尿病って、どんな病気ですか?文字のとおり、「尿に糖が出る病気」です。糖尿病の人の尿は甘いので、ありが寄ってきます。おそらくそんな様子を見て、昔の人が「糖尿病」と名付けたのかもしれません。糖尿病のなかには、膵臓(すいぞう)にあるβ細胞が壊れてインスリンが分泌されなくなってしまう「1型糖尿病」と、いわゆる成人型糖尿病と言われる「2型糖尿病」があります。後者の2型糖尿病は、ほんの数十年前までは「お金持ち病」と言われていました。それだけ糖がとれるのは、お金持ちだけだったのでしょう。なぜ尿に糖が出てしまうのでしょう?糖は私たちの体にとって大事な成分ですから、本来、尿に流れ出ることはありません。しかし、糖のとりすぎにより、腎臓がコントロールできる量以上の糖が血液中を流れ、結果として尿の中に糖が出てきてしまうのです。糖は体に悪いのでしょうか?糖のとりすぎが体によくないだけで、糖自体は体に悪いものではありません。糖は、生物体・人類にとって最高のエネルギー源です。われわれの体は、糖やグルコース、ブドウ糖などを使って、エネルギー物質であるATP(アデノシン三リン酸)を作っていますから、糖がなければ人間は生きていくことができません。そもそも、糖がなくなってしまうと脳の活動が停止してしまいますから、人間にとっては絶対に必要な成分と言えるでしょう。脳が停止したら、人は死んでしまいますからね。ですから、人間の体には、血糖値がある程度以下にならないよう厳密にコントロールする仕組みも備わっています。糖尿病とインスリン糖尿病とインスリンの関係を教えてください食事をすると血糖値(血液中の糖の濃度)が上がります。インスリンは、この血糖値を一定に保つホルモンで、血液中の糖を筋肉などの組織に取り込む働きがあります。簡単に説明すると、「食事をする⇒血糖値が上がる⇒インスリンが分泌される⇒ブドウ糖が筋肉などの組織に取り込まれる」ということです。本来、インスリンが効かないという人はいませんが、栄養過多や肥満により、取り込まれた糖を蓄えすぎてしまうと、インスリンの働きが悪くなり、血糖値が高い状態が続きます。この状態を医学用語では「インスリン抵抗性」と呼びます。糖尿病は、栄養過多や肥満が大きな原因になるということでしょうか?肥満になると、筋肉に取り込まれなかった多量のインスリンが血液中に流れることになります。インスリンは、膵臓の中にある特種なインスリン分泌細胞(β細胞)で作られています。例えば、ある人が健康なときは、この細胞は10のインスリンを出していたとします。しかし、肥満が進んで血糖値が高くなると、10では増えてしまった糖を筋肉に取り込めなくなりますから、膵臓は、20、30というインスリンを作るようになります。ところがそのうちに、β細胞はインスリンを出すことに疲れてしまい、だんだん分泌も落ちてきてしまうのです。肥満のこの人は、30のインスリンを出さなければ糖が筋肉に取り込めない状態なのですが、疲れてしまった膵臓の細胞は疲れて働きが悪くなっていますから、インスリンの分泌が20、10と減り、糖は組織(筋肉)に取り込まれなくなってしまいます。この状態が糖尿病の発症です。どんな検査をすると「糖尿病」であることが分かるのでしょうか?採血による「空腹時血糖健康診断」、おなかがすいている状態の血糖値を測る方法と、血液検査で過去1~2カ月の平均血糖値である「HbA1c」を測る方法があります。血糖値は、ガムをかんだり、砂糖をなめたり、コーヒーを飲んだりするだけでも変動してしまいますから、過去1カ月の平均血糖値が分かれば、より正確な診断をすることが可能になります。ほかに、砂糖水を飲んだあとの血糖値を測る方法(経口ブドウ糖負荷試験)もあります。ちなみに「HbA1c」というのは、血液中のヘモグロビンと糖が結合したものです。血糖値が高い状態が続くと、体のあちこちに糖が付着し、タンパク質であるヘモグロビンをも変性させてしまうのですね。糖尿病に初期症状はない?糖尿病には初期症状がないと聞きました。多少疲れたり、尿の量が多くなったりすることはありますが、初期の頃には、ほとんど症状はありません。多くの場合、健康診断の結果で、血糖値や「HbA1c」の値が高いと指摘されて気づきます。忙しくて健康診断を受けていなかったら、突然心筋梗塞になって、調べてみたら血糖値が高かったという方も少なくありません。糖尿病になると、糖が体のあちこちに沈着するので、血管も砂糖漬けになり、ボロボロになってしまうのです。血管が砂糖漬け……。やはり、ケーキやおまんじゅうなど甘いものが好きな人は糖尿病になりやすいのでしょうか?基本的には、ケーキを食べても、おにぎりを食べても、私たちの体は、エネルギー物質に変えることができます。だから食べるのはかまいませんが、大切なのは食べ過ぎないことです。一般的には、体重と身長から肥満度を表すBMI(体格指数)による適正体重を保つのがよいとされています。それにプラスして、ご両親が糖尿病であるかなどの遺伝的な背景も考慮する必要があります。ご両親に糖尿病の気がある方があまりよくない生活習慣を続けて太ってしまったら、間違いなく糖尿病を疑うべきでしょう。糖尿病の人は、他の病気になる可能性も高いのですか?糖尿病の人は、血管が砂糖漬けの状態です。すなわち、血管が硬くなったり詰まりやすくなったりするような病気は、おおかた糖尿病に合併すると思って間違いないでしょう。脳の血管なら脳梗塞、心臓なら心筋梗塞、目なら失明など、糖尿病からさまざまな病気が派生します。糖尿病は尿に糖が出てしまう病気ですが、実態は血管病で、全身の血管がだめになってしまうことが問題なのです。とはいえ、どの病気もそう簡単になる病気ではありませんから、1年に1回、必ず健康診断を受けるようにしていれば、心配には及びません。ただし、糖尿病は遺伝性の病気ですから、ご両親のどちらか、または両方が糖尿病だという方は、特に気にかけておく必要がありますね。もし糖尿病になってしまったら?もし糖尿病になってしまったら、どうすればいいのでしょうか?糖尿病は、透析が必要になったり、失明したりというリスクを伴う怖い病気です。しかし、糖尿病の人全員がそうなるわけではありません。糖尿病だと診断されても、しっかり治療を受ければ心配することはありません。糖尿病は治りますか?適切な治療を受けることに加えて、ご自身の生活習慣を改善していくことによって、なかには糖尿病が治るという方もいらっしゃいます。しかし残念ながら、1型糖尿病の方は、膵臓のインスリンを分泌する細胞がだめになっていますから、治すことはできません。つまり、外からインスリンを補うしか方法はないということです。糖尿病に効く薬はありますか?膵臓を刺激してインスリンの働きを高めたり、効果を促進したりする、さまざまな種類の薬が出ています。つい最近だと、余分な糖をわざと尿に出してしまう薬なんていうのも出てきました。しかし、人間がこれらの薬を飲み始めてまだ数十年です。これらの薬をこれから何十年か飲み続けたときに、どんな副作用があるかというのは、誰にも分かりません。新薬が効くことは間違いないのですが、何十年か飲み続けたときに副作用があるかどうかの証明をするのは、やはり不可能です。となると、やはり一番よいのは、昔ながらの、食事制限と運動ということになります。このふたつは何百万年も前から続いていますので、絶対に副作用がないことは間違いありません。コラム:父も糖尿病だったけど長生きした。だから私も…糖尿病の多くは遺伝します。あるとき私の診察を受けにきた患者さんが言いました。「父も糖尿病ですが、85歳の今も元気です。だから私も大丈夫ですよね。」確かに、この患者さんは、お父さんの糖尿病の遺伝子も、85歳まで生きられる遺伝子も持っています。そして案の定、糖尿病になってしまいました。さて、この方はお父さんと同じ85歳まで生きられるでしょうか?答えは、このままの生活を続けていれば、「NO!」です。なぜなら、お父さんがこの患者さんと同じ年齢を生きた時代と、今、患者さんが暮らすこの時代が違うからです。私は患者さんに言います。「あなたは、あなたと同じ年齢のときにお父さんが食べていたのと同じ食事をしていますか?」「あなたは、あなたと同じ年齢のときにお父さんが歩いていたのと同じ距離を歩いていますか?」おそらくお父さんは、この患者さんほどぜいたくな食事はしていなかったでしょうし、車に乗る回数も少なかったでしょう。例えば今から43年前、お父さんが42歳だった1975(昭和50)年には、コンビニエンスストアのひとつローソンは全国に10店舗のみ。それが2016(平成28)年には、1万3111店舗と、なんと1311倍にまで増えています(ローソンホームページより)。こうして私たちは、食べたいときに、数百メートルも歩かずにコンビニエンスストアに出掛け、食べ物を手に入れることができるようになりました。また、昔は今のように輸入牛肉を安く手に入れることは難しく、豪華なステーキを食べられる回数も少なかったことでしょう。1975(昭和50)年に、1604万4338 台だった自動車の保有台数も、2016(平成28)年には、6083万1892台。およそ4倍に増えています(一般社団法人自動車検査登録情報協会ホームページより)。最近では、近くのスーパーマーケットに出掛けるのも車。通勤、通学にも車を利用する人が増えていますから、お父さんの時代に比べて1日に歩く距離が減ったのは明白です。どう考えても、今の人たちのほうが、健康に悪い生活をしているのは一目瞭然。おいしいものを苦労せずに食べられて、おまけに歩く距離も減ったとなれば、お父さんより明らかに健康に悪い生活を送っていることは間違いありません。おまけに仕事が忙しくて、ストレスに追われる毎日を送っています。つまり、「おいしいものを手軽に食べて」「歩かず」「ストレスフルな」環境にいる患者さんは、糖尿病でも85歳まで生きられるはずなのに、「このままの生活を続けていたら厳しい」ということになってしまいます。とはいえ、平成のこの世の中で、昭和の時代と同じように、食事をして、歩いて……という生活するのは、不可能に近いことです。それでも、少しずつ近づけるように努力をしていただいて、足りない分をお薬で補う。今の平成の時代には、昭和の時代に比べたら、はるかによいお薬がたくさんあります。それを使わない手はありません。一番よいやり方は、若い頃のお父さんと同じ生活習慣に戻す努力をすること。それでも足りない分は、現代のお薬で補う。それが本来のやり方だと私は思っています。平成の美食をして、平成の運動習慣もそのままで、悪くなった分を平成の薬で補う。薬を飲めば、確かに血糖値は落ちるかもしれませんが、人間・生物としては一番好ましくない治療方法だと思います。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2018.6.20

悪魔にやりで突付かれるほど痛い? 痛風のQ&A

病気に対する疑問や不安に、横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学 主任教授の石川義弘先生が答えてくれる「教えて! 石川先生」。第3回の病気は、「痛風」です。「風が吹くだけでも痛い」と痛風の患者さんが話しているのを聞いたことがあります。石川先生も「今まで経験したことのないくらい痛いですよ」と言います。平成28(2016)年の国民生活基礎調査によれば、男性の痛風による通院者率(人口千対)は、60代で36.8%、3人に1人が痛風であることがわかります。痛風は「ぜいたく病」と言われることもありますが……?そうですね。日本では「徳川家の歴代将軍も加賀百万石の殿様も、誰ひとりとして痛風になった人はいない」と言われているからでしょうか。よく痛風の患者さんに「名誉ある病気になれて、あなたはなんてラッキーなのでしょう。徳川家康よりもぜいたくな暮らしをされているんですね。」とお話しします。痛風はどんな病気なのでしょう?DNAの代謝物質である尿酸が体内にたまりすぎてしまうと、さまざまな病気を引き起こします。まず、血液中の尿酸の濃度が高まると、高尿酸血症といわれる状態になります。たまりすぎた尿酸が関節の中で結晶化し、炎症が起きた状態を痛風と言います。一番多い症状は痛風結節といって、特に足の親指の付け根あたりが痛くなります。他にも、腎臓がやられてしまったり、結石のような石になったりするケースもあります。「痛風は痛い」とよく耳にしますが、どのくらい痛いのでしょう?あなたが男性なら過去に経験したどんな痛みより痛いですよ。男性である私は経験したことがないけれど、お産くらい痛いとも言われています。足の親指の付け根あたりがパンパンに腫れあがって、患者さんいわく、「風が吹いただけでも痛い」そうです。グルメの国フランスでは、かなり昔から痛風があったようですが、その当時の医学漫画には、やりを持った悪魔が痛風患者の足を突っついている様子が描かれています。キャビア、めんたいこ、白子、あん肝などのいわゆるグルメ食と言われる魚卵や、プリン体が多く含まれるビールは、痛風の原因になります。日本やアジア諸国の食生活がヨーロッパに近づいたということでしょうね。あくまでも食べ過ぎや飲み過ぎがいけないのであって、食べてはいけないということではありませんよ。プリン体0というビールならいくら飲んでも大丈夫なのでしょうか?いいえ。プリン体0でも、飲み過ぎれば肝臓や腎臓などの代謝系機能に障害が起きてしまいます。確かに痛風の患者さんにはビール好きの方が多いので、「飲むのならプリン体0の方がいいですよ」とお話ししますが、あくまでも程度問題です。飲み過ぎたらだめですよ。痛風の痛みを忘れるためにお酒を飲んでいるという人もいましたけどね(笑)。痛風になってしまったらどうすればよいのでしょうか?痛風は、年がら年中痛いわけではなくて、ときどき起きる発作が痛いんですね。その発作が起こると1週間くらいは、痛くて歩けなるようなこともありますが、それ以外のときは症状がありません。ですから、痛風発作を起こさないように、まず食生活を見直すこと。そして、薬を服用して、ある程度まで尿酸値を下げておくことが大切です。最近は痛風によく効く薬もあると聞きます。確かに最近は、尿酸の排せつを促進したり、尿酸の産生を抑制したりと、さまざまな効能を持つ薬があります。しかし、薬を飲んでいるからといって、あん肝をつまみにビールを飲んでいたら、本末転倒です。ずばり、痛風は治りますか?痛風は、尿酸値をコントロールできれば発症しません。しかし、痛風になりやすい体質の方も少なくありませんから、やはり正しい食生活や生活習慣を心がけることが基本になります。痛風が悪化するとどうなるのでしょうか?なかには、足の関節が変形して、歩けなくなってしまうほどひどい症状の方もいらっしゃいますよ。痛風が他の病気につながっていくことはありますか?例えばですが、梅毒にかかっている患者さんが診察にいらしたとき、どのような検査をすると思いますか? 医師はまず、梅毒にかかっているなら、淋病(りんびょう)やクラミジア、時にはエイズもと、さまざまな性病の可能性を考えます。つまり、この患者さんには、「梅毒にかかるような生活習慣があったのではないか?」と考えるんです。それと同じで、痛風の患者さんを診るときには、「この人は痛風になるような生活習慣なのかな」と考えてみるわけです。もしそうだとしたら、そのうち、糖尿病や高血圧などの生活習慣病になってもおかしくありません。なかには遺伝が強く関わっているケースもありますが、大体の病気は、表面に現れている症状だけではなくて、原因となる生活習慣にも目を向ける必要があるということです。ぜいたくな生活をしていたら、痛風以外の病気が起きてもおかしくありませんよね(笑)。痛風になるような人は、その生活習慣を見直していかなければ、きっと高血圧にもなるし、糖尿病にもなるし、動脈硬化にもなるでしょう。どんどんつながっていってしまいますよ。ストレスも痛風に影響しているのですか?ストレスがかかると、過食に走る人も多いです。過食という生活習慣の結果、痛風につながることもあるかもしれません。決して、ストレスだけが独立して痛風の原因になっているというわけではないと思います。生活習慣は、食べるものであり、仕事の仕方であり、生活のリズムであり、運動習慣でもあります。その昔、家に電灯などなかった頃は、暗くなったら仕事は終わりという人が多かったことでしょう。それがここ数十年間で、当然のように深夜まで残業をするようになってしまいました。こういった生活習慣の変化がストレスとなり、ストレスがまた生活習慣を悪化させ、痛風の発症に関わっているという可能性は、大いにあるでしょうね。参考文献:平成28年国民生活基礎調査インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2018.6.13

タマネギ・赤ワインの効果は? 動脈硬化のQ&A

病気に対する疑問や不安に、横浜市立大学大学院医学研究科 循環制御医学 主任教授の石川義弘先生が答えてくれる「教えて! 石川先生」。第2回の病気は、「動脈硬化」です。動脈硬化とは、どんな症状の病気なのでしょうか?動脈硬化は、病的に血管が硬くなることをいいます。酸化して変性したコレステロールがプラーク(塊)となって沈着することで、血管に炎症が起こります。そこがこぶのように膨らみ、最後には血管が詰まってしまうのです。血管が硬くなるだけであればそれほどの問題にはなりませんが、変性したコレステロールがたまって血管をふさいでしまうと血液が流れて行かなくなり、その先の臓器が壊死(えし)してしまいます。脳でそれが起これば脳が脳梗塞、心臓で起これば心筋梗塞ということになります。動脈硬化の原因とされるコレステロールとは、どのような物質なのでしょうか?コレステロールは、実は人間の細胞膜の主要成分で、細胞を守ったり外部の物質やエネルギーを出入りさせたりという重要な働きを支える、生物にとって絶対に必要な物質なのです。さらに、コレステロールは、男性ホルモン・女性ホルモンといった性ホルモンの原料でもあります。つまり、体の中にコレステロールがなかったら、われわれは、男であったり女であったりすることはできません。男らしさ、女らしさをうみ出しているのは、コレステロールなのです。どうして、コレステロールは悪者扱いされているのですか?コレステロールそのものが悪いのではなく、コレステロールの素となる脂分をとりすぎることが問題なのです。しかし最近は、脂肪分0の牛乳やヨーグルトも売られています。アメリカでスーパーマーケットに行くと、「コレステロール0」を掲げた食品が山のようにあります。コレステロールには、善玉(HDL)、悪玉(LDL)という2種類があります。LDLは肝臓に蓄えられたコレステロールを全身に配分する役割、HDLは血液中の余分なコレステロールを肝臓に回収する役割を負っています。悪玉コレステロールと呼ばれるLDLですが、LDLがなければ全身にコレステロールが行き渡りませんから、細胞膜も、性ホルモンも作ることができません。問題なのは、とりすぎることです。どうして、コレステロールは酸化したり変性したりするのでしょうか?酸素がある場所では、当然「モノ」は酸化します。われわれ人間は生命を維持するために、酸素を体の中に取り入れています。酸素に触れたコレステロールは「酸化」、つまりさびてしまいます。さびたコレステロールは形が変わります。これが「変性」です。酸素を使って生きているわれわれ人間は、体の中で酸化や変性といった障害や副作用が起こるのを避けることができないのです。また、二酸化炭素を吐き出すときには、細胞の中に、ATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー物質がため込まれるのですが、同時に毒をもった酸素、スーパーオキサイドも作られてしまいます。このスーパーオキサイドは活性酸素の一種で、酸化させる力が非常に強いので、コレステロールやたんぱく質・細胞などは、次々と酸化、変性してしまいます。最近、「酸化ストレス」という言葉を耳にすることも増えました。酸化ストレスは、呼吸により体の中に発生した活性酸素が原因です。老化にも、体の構成成分の酸化、変性が深く関わっているといわれています。しかし、もし酸化ストレスを完全になくそうと思うのであれば、呼吸をやめなければなりません。動脈硬化の原因 Q&A40歳以上の日本人のほとんどが動脈硬化の危険因子をもっているといわれています。人類の歴史のなかで、これだけ多くの人類がコレステロールを持て余すようになったのは、ここ数十年の話です。石器時代には、肉を食べようと思ったら狩りに行かなくてはなりませんでした。1カ月の間毎日狩りに出ても、獲物が捕れるのは何日もなかったという話を聞いたことがあります。日本も数十年前までは毎日の食事にさえ困っていて、こんなに簡単に肉を食べることなどできなかったはずです。石器時代の人も昭和の人も、コレステロールをとろうと思っても、そう簡単にはとれなかったのです。しかしここ数十年、肉やチーズなどの乳製品が簡単に手に入るようになったことで脂分を容易に摂取できるようになり、多くの人は、コレステロールをはじめとする栄養分をとりすぎるようになりました。また、脂分などコレステロールそのものをとらなかったとしても、人間の体には糖分からコレステロールを生成する機能がありますから、基本的には食事のカロリー量や摂取する栄養素の量をコントロールすることが必要になります。つまり、現代の時代に生きる私たちは、年齢に関わらず、動脈硬化の危険因子をもっているということになります。食生活も生活環境も、明治・大正・昭和の時代に戻ることができれば、動脈硬化の心配をしなくて済むのですがね……。若い人は動脈硬化にならないって本当ですか?確かに若い人は、動脈硬化にはなりにくいですね。年と共に動脈硬化になる人が増えていることは間違いありません。しかし、若いからといって絶対にならないわけではありません。DNAが酸化してがんになってしまうこともありますから、定期的に検査はしたほうがよいですね。ストレスは、動脈硬化にどのような影響を与えるのでしょうか?ストレスは、人生のスパイスです。よいストレスもあれば悪いストレスもあります。新しい仕事場で新しいプロジェクトが始まって、これまでに経験したことがないくらい勉強したり、話したこともないような人と交渉したりしなくてはならないとします。このようなできごとは強いストレスになるかもしれませんが、うまくいけばとてつもない喜びを感じることもあるでしょう。でも、悪いストレスが続くと、メンタルだけでなく、高血圧や動脈硬化、糖尿病と、体にも悪い影響が起こります。大切なことは、そのストレスが自分にとってプラスなのか、マイナスなのかを見極めることです。そう申し上げると難しく感じるかもしれませんが、実は意外に簡単で、多くの場合、ストレスを感じる時間で判断できます。ストレスにさらされる時間が短ければ体への影響は少ないですし、逆に長い時間ストレスにさらされ続ければ、メンタルにも体にも強いダメージを与えることになります。また、「失恋と厳しい仕事」「離婚と残業が続く仕事」といったように、全く異なったストレスが同時にかかっているかどうかも、ダメージの大きさを判断する基準となります。個人差はありますが、ストレスはうつ病といった心の病だけでなく、高血圧や心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こし、時には命を奪ってしまう可能性さえあるのです。動脈硬化の治療 Q&A動脈硬化に効果的な治療方法はありますか?いったんたまってしまったコレステロールのこぶを薬で除去するのは至難の業です。除去できるとしても、時間がかかります。おそらく世界で一番使われているのは「スタチン」という、悪玉コレステロール(LDL)を作る酵素を阻害する薬です。この薬を飲むと、確かにコレステロール値がグッと下がります。余談ですが、アメリカのトランプ大統領も「スタチン」を飲んでいることを公表しています。「スタチン」を飲むとコレステロール値は下がります。しかし、動脈硬化が進んでしまった理由はコレステロール以外にもあるということを忘れてはいけません。例えば、運動不足の人がたくさん食べてストレスをためれば、さまざまな原因から起こる結果の一つとして動脈硬化が進みます。高血圧や糖尿病でも同じです。つまり、すべての原因を見ることなく、コレステロール値が高いということだけを治療しても、他は解決していませんから、われわれの体にとってよいことではありません。「スタチン」が登場したのだって、せいぜい今から30年前です。これから60年、70年と「スタチン」を飲み続けたとき、どのような結果が待っているかは、今の時点ではわかりません。コレステロール値が高い人が「スタチン」を飲み続けることはもちろん必要です。しかしそれ以上に大切なことは、その人の食生活や運動、ストレスなども含めて気を付けることです。高血圧と同じですね。どのような検査で動脈硬化を発見することができるのでしょうか。一つは超音波検査です。動脈の壁が厚くなっていたり、コレステロールがたまって硬くなったプラークができていたりするところが見られます。健康診断や人間ドックのオプションにある頸(けい)動脈の超音波検査がそれに当たります。頸動脈は、体の表面に一番近い太い血管ですから、非常に検査がしやすいのです。また、上向きに寝た状態で、同時に四肢の血圧を測る「血圧脈波測定」という方法もあります。いわゆる「血管年齢」を調べる方法です。自分が動脈硬化であることにはなかなか気付けません。初期の動脈硬化に症状はありませんから、なかなか自分では気付きにくいでしょうね。症状はなくても、動脈硬化を起こしやすい危険因子はあります。血圧やコレステロールが高い方や、糖尿病の方などは、動脈硬化になりやすいことは間違いありません。「気付いたら血管が詰まっていた」では手遅れですから、危険因子をもっている方は、動脈硬化がどの程度進んでいるかを診断するため定期的に採血し、頸動脈の超音波検査をしたり、脈を測定したりすることをお勧めします。動脈硬化にならないために、自分でできることはありますか?定期的に運動することで、ある程度、しなやかな血管を取り戻すことはできます。高血圧の治療 Q&A でも触れていますが、もう一度お話ししましょう。血管は、縮まった状態が続くと硬くなって、血圧が上がりますが、血管がしなやかになれば、血圧は下がります。血管は、自らの拡張・収縮を制御する能力を備えていて、血管の先の筋肉で酸素が必要になると、それを感知して、自ら広がりしなやかな状態を作ります。運動をすると、筋肉にはたくさんの酸素が必要になって、血管は自ら広がります。つまり、人間が定期的に運動すれば、血管も定期的に自らを広げる練習をすることになります。そして、血管を広げるときには、私たちが血圧を下げるために飲んでいるどの薬よりも優秀で、性能のよいホルモンのような物質を出していることがわかっています。運動するだけで、治療効果の高いお薬が、自分で、しかもただで作れるわけです。実践しない手はありませんよね。動脈硬化のウワサ Q&A毎日1杯のオリーブオイルが動脈硬化の抑制に効果的だと聞きました。「地中海ダイエット」に代表される地中海沿岸地方の食事には、植物性脂肪の油である「オリーブオイル」が多く使われています。脂自体の摂取量は変わらないのに、動物性脂肪を多くとるアメリカ人に比べて、オリーブオイルを主とする地中海沿岸地方の人びとには、動脈硬化や心疾患、肥満の人が少ないというのです。オリーブオイルの摂取以外にも、抗酸化作用の高い赤ワインを飲むことで、動脈硬化を抑えることができるといいます。今から15年ほど前、「フレンチパラドックス」として話題になりましたが、「フランス人は、チーズやバター・肉など動物性の脂を好み、カロリーの高い食事しているにも関わらず、ヨーロッパの他の国に比べて動脈硬化の人が少ない」と報告されています。抗酸化作用が高い赤ワインをたっぷり飲むフランス人は、体の中のコレステロールの酸化が抑えられ、動脈硬化になりにくいというわけです。赤ワインは健康に効果があるということですか?「酒は百薬の長」というように、赤ワインに限らず、少量のお酒はHDLコレステロールを増やすといわれています。350ccのビール1缶(純アルコール換算で20cc)が1日の目安です。最近は、お酒の値段が極端に安くなり、手軽に飲めてしまうので、飲み過ぎる人も多くなりました。ビールより赤ワインのほうが体によいといわれますが、ビール好きな人に赤ワインを飲めというのも酷な話です。それよりも量を守ることのほうが大切な気がします。タマネギをたっぷり食べると血液がサラサラになるのでしょうか?「紅茶キノコ」から始まって、今までさまざまな健康法が話題になってきました。しかし、医学的に効果があるかどうかはわかりません。タマネギの効果を確かめるなら、何百人、何千人の人の半分は、決められた量のタマネギを食べる。残りの半分の人は一切食べない。それ以外の食生活はすべて同じ、という条件の下で比較する大規模臨床試験を実施しなければ、医学的に証明はできません。一般的には、タマネギだろうと、紅茶キノコだろうと、酢コンブだろうと、100人に食べさせれば、4、5人「よく効く」という人がいてもおかしくありません。それを健康雑誌で紹介すると、全員に効果があったように受け取られてしまうんですね。動脈硬化の人は、「果物は食べないほうがいい」といわれています。健康によいといわれる果物ですが、果糖という糖分エネルギーが含まれていますから、とりすぎれば動脈硬化に悪影響を与えます。しかし、「野菜をよく食べる」「果物をよく食べる」ことは、どこの国の人にも例外なく「よい」と、世界保健機関(WHO)も推奨しています。野菜も果物も、何万年も前からずっと食べ続けられてきました。もちろん、健康によい影響を与えるからですが、逆に考えると、われわれ人間の体は、何十万年、何百万年前から地球上に存在していて、食べ続けてきたものに適応して発達してきたはずです。もしそれが、体に悪いものだったら、気の遠くなるくらい長い間、食べ続けてくることはなかったと思います。インタビュー・文:たなか みえ/イラスト:浅海 司

石川 義弘

2018.5.30

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市民・患者のための健康・医療コミュニケーション学会